DIARY

旅から帰って

ツアーに来てくれた皆さん、ありがとうございました!
「好運なツアー」というタイトルのツアーは終了しましたが、
皆さんの好運なツアーは続いてゆきます。

ツアーが終わってボーっとしてた頭が丸一日たってやっと動いてきた。
楽しかったなあ。
ライブってなんて素晴らしいのだろう。
ずっとライブをしていたい気分だな。

しかし毎回ツアーで思うことだけど、
音楽の演奏って本当にいつも発見があって、
いくつになっても新鮮だなあ。
そんなことをシータカ(古田)さん鹿島さんと話したりする。
あれほど長いキャリアを持っているシータカさんさえ、
未だにそう思うらしいんだな。
古田さんには勉強させてもらっている。

歌がバックのグルーヴのほとんどすべてを決めてしまうことは、
分かっていたはずだったのに、
まだまだぼくは分かっていなかった。
音楽演奏の果てしない奥深さに、
もう何度驚かされたんだろうか。

音楽を聴くことはたまに飽きてしまうこともあるけれど、
バンド演奏は30年やっててずっと飽きることは無いし、
むしろ面白くなってきてさえいる。

最近はライブの前にアレサ・フランクリンの"Respect"を
ウォーミングアップするように聴くことが多い。
歌と演奏があまりにも完璧なのだ。
なんだこれ奇跡なんじゃねえかって思うくらいに。
でもこの演奏がいかに奇跡的かが分かるようになったのは最近のことだ。
生演奏のグルーヴがどう立ち現われてくるのかが最近少し分かってきて、
改めてアレサのリズム感の凄さに圧倒されるようになった。

演奏が分かってくることによって、
音楽がそれまでと違って聴こえてくることがあるんだよなあ。





成長する歌

映画「ヤング@ハート」を見た。
70歳から90歳の高齢コーラスグループが、
ソニック・ユースやトーキング・ヘッズ、
ジェームス・ブラウンなどの曲を一生懸命練習して歌い、
コンサートツアーするまでを追ったドキュメント映画。
コンサート当日までに元気だった主要メンバー二人が他界してしまう。
死を目前にしながら笑いを絶やさない彼らの心意気、
出演している老人たちの人柄の素晴らしさに感動した。

老人が老人の感性でソニック・ユースやクラッシュの歌を歌うことで、
作者が意図しなかった新しい意味が付加され曲が生まれ変わっている。

この映画の中でソニック・ユースの曲は作者の手を離れ、
一人歩きしてそれぞれ歌う老人たちのものになっている。
彼らが歌うソニック・ユースの曲は、
オルタナティブロックだとかの狭い領域の中の名曲から、
もっともっと広い領域での名曲に変化している。

この映画を見ていてむかしちょっと考えていたことを一つ思い出した。
それは、ロックは人類の歴史の中の新しい音楽でも特別な音楽でもなんでもなく、
たまたま20世紀に生まれた大衆音楽の一つに過ぎないのではないか、
ということ。

ぼくが20代の頃に作った曲を40を過ぎて歌ったとき、
20代の頃には考えていなかった意味を見つけて、
その曲がまるで生まれ変わったような新鮮な感じを持ったことがある。
曲は、歌われる人の年齢、経験よって変化し成長する可能性がある。
また、違った時代に歌われることによって、
捉え直され自立する可能性がある。

いま行っているオリジナル・ラヴのツアー、
「好運なツアー」にも通ずるところがあったし、
どういう曲がいい曲なのかを再確認させられもした、
いい映画だったな。





タイムマシン

渋谷クアトロのライブは暑かった!熱かった!
今回の「好運なツアー」の一つずつが鮮明な体験になってる。
皆さん本当にどうもありがとう。
月並みなその言葉じゃ足らな過ぎる。

そして明日の音霊の弾き語りのためのリハーサル。
曲目をどうするか迷って二転三転し、やっと決まった。

会場である逗子はぼくが小学生時代を過ごした横浜市金沢区のすぐ近く。
当時釣りと水泳が好きで、
よく友達や家族と京浜急行に乗って逗子海岸に泳ぎに行った。
音楽のライブが楽しめる場所がそんなところにできるとは思いもよらなかった。
まして自分がそこでギターを弾いて歌うなんて。
当時のぼくがタイムマシンに乗ってやってきて、
今の姿を見たらひっくり返るだろう。
だって小学生の頃はまったく音楽に興味がなく、
もちろん勉強にもまったく興味はないしやったこともなく、
ソフトボールとか釣りとか学校の裏の山道を冒険したりとか、
遊びに夢中でいつも膝小僧を擦りむいて赤チンを塗って、
一年中陽に焼けていて真っ黒な子供だったから。

明日は頭の片隅にすこしそんなことを思い浮かべつつ、
歌をうたってみようか。





前夜

いよいよ明日は「好運なツアー」渋谷クラブクアトロ。
ライブの前日はどうも日記が書きづらい。
自分ではそわそわしているという自覚はないのだけれど、
きっとそわそわしているのだろう。
頭と身体が意識されないところで、
明日に備えて準備しているのかな。
浮き足立ってるてこういうこというのかな。

毎度の方も、久しぶりという方も、そして初めてという方も、
明日クアトロでお会いしましょう!






旅の途中で

音霊で演奏する曲目を考えたり、
録り溜めていた坂本龍馬の大河ドラマを見たり。

音霊は「好運なツアー」とは違い、
ひとりでの弾き語りソウルショーのようなことをやろうと思ってる。
ここしばらく頭の中がダブルブッキング状態でこんがらがりそうになるけれど、
ありがたい嬉しい忙しさだ。頑張るぞ。

雨ばかり降るからしばらくはチャリもお預けだしなあ。

七尾旅人君の新しいアルバム"billion voices"を聴いた。
すごいな。名盤だなこりゃ。
情報の濁流に翻弄されながら地に足をつけ歩こうとする意思。
狂気と普遍的な歌と今の時代とが、
痛みや喜びなどの感覚を伴った言葉とメロディーで繋がっている。
僕の世代のロックのひとつ上の階で七尾君は新しい表現をスタートさせちゃった。





なぜ「好運なツアー」なのか

「好運なツアー」のリハーサルが終了した。
あとは本番に挑むのみだ。

ぼくたちは「好運なツアー」のまっただ中にいるのだと仮定してみる。

生きていて仕事や趣味に熱中したり、
鼻唄を歌ったり、
スポーツで汗を流したり、
よく晴れた日に川辺の道を散歩したり、
音楽に合わせて踊ってみたり、
友達とお酒を飲みに行ったり、
恋人と海を眺めて過ごしたり、
いろんな気持ちになったり、
誰かの気持ちを感じたり。

そういうことはたぶん奇跡的なことで、
とても好運なことだ。

ところが日常生活を送っていると、
なかなかその好運に気付くことができない。
分けもなく腹を立てていたり、
人の悪いところばかり目についたり、
自分のネガティブなことばかり気付いたり、
あきらめて、めんどくさいことはなるべくやらないようにして、
なんとなく楽なほうに流れていってたりする。

ぼくもそういうところがいっぱいある。
人間ってたぶんそういう生き物だ。

身近なところに突然自分の死が現れると、
初めて生きていることの好運に気付く。
そしてその好運を生かそうと行動し始めたりする可能性だってある。
黒澤明の「生きる」は、そんな映画だった。

命があって身体が少しでも動けばそこからなんでも始められるではないか。
人は誰も「好運なツアー」の最中なのだと仮定してみる。
走る車のウインドウを開ければ風を感じることができる。

でも人はその好運を忘れてしまう。

ぼくがオリジナル・ラヴの今回のツアー、
「好運なツアー」で歌うことは、
ささいな男と女の間の出来事とか、
むかし観た映画の中のことや、
遠い旅の憧れだとか、
悲しさや憤りや小さな希望の歌などだ。
きっとこの世をまるごと変えるような歌ではない。
けれどもわずかながらこの世に関わっている歌だ。

これらの小さな歌を自分の体を響かせて歌いたい。
バンドメンバーとノリをあわせて演奏したい。
お客さんの前で歌える好運を噛みしめて歌いたい。
あの黒澤映画のように、
ぼくたちが自身の好運に気付いてなにか行動し始めることができたら嬉しい。





好運なツアー

いよいよ「好運なツアー」が迫ってきた。
アンサンブルのチェックに追われている。
毎度のことだが、
ライブ前は頭の中がライブのことでいっぱいになっているから、
日記に書くことが見つからない。
ライブパフォーマンスの内容のことはもちろん、
お客さんは来てくれるのだろうかとか、
来てくれたお客さんに楽しんでもらえるライブができるのかとか、
いろいろ考えることがいっぱいだ。

ライブのことを考えながら他のことも考えられるような、
マルチタスクな思考回路が欲しいものだが、
所詮無い物ねだりだ。
でも今日は敢えて無い物ねだりをしてみよう。

いま音楽のアレンジやアンサンブルを考えているぼくは、
虫眼鏡でリハーサルスタジオに流れる音楽の形を調べている。
ぼくの視点をイメージの中で少しずつ上のほうに上げてみる。
自分がいま音楽を演奏しているこのスタジオの外のこと、
この町のこと、この町の人々のこと、
隣町の人々のこと、ツアー先の町の人々のこと、
この時代のこと。
そういうものが見えてくるまで、
頭の中で視点を上げてみる。

そこから見えた景色とか時間の流れとか人々の様子は、
自分からかなり遠い所にあるけれども、
だからといって自分とまったく無関係なのか。

世の中でしか自分は生きられない。
だから世の中は自分とはまったく無関係というわけではない。
だとしたらたぶん世の中と自分の音楽とはまったく無関係ではないだろう。
では自分の音楽が世の中とどう関係しているのか。

無い物ねだりのマルチタスク思考回路で、
ほんのちょっとでもそういうことを考えてみたりしながら、
今回は「好運なツアー」を始めて見ようかな。





リズムが見える

好運なツアーのリハーサルが始まっている。
4人編成になって一年になった。
4人の息がますます合ってきている。
バンドの面白さはやはり4人だという思いがますます強くなってきている。

最近は「リズムが見える」ようになってきた気がするんだな。

野球のバッターがボールを打つ時、
ピッチャーの投げたボールが自分のバットに当たる瞬間が見えるのだとしたら、
こんな感じなんじゃないかって気がするんだ。

歳をとるとリズムがどう動いているのかが見えてくるのかな。
メンバーのリズムにどう乗ってゆけば良いのかが、
見えるようにもなってきたんだ。

歌は不思議なもので、
「一生懸命歌おう」とか「真剣に歌おう」とか「自分の世界に入って歌おう」
などと思って歌うと大抵失敗する。
リズムが前のめりになって、無駄な力が入って気持ち良い歌にならなくなる。
歌でこの場を盛り上げてやろうと思って歌うほど、
バンドメンバーみんなにそれが変に伝わって不自然に力が入った演奏になり、
気持ち良いバイブレーションが現場から離れてゆく。
むしろ歌う自分はバンドに呼ばれたゲストなんだと思って、
グルーヴの責任をメンバーに預けるようにしてゆったり歌うとうまくゆく。
かと言ってメンバーにリズムを預けっぱなしにするわけでもない。
ただいい加減なだけの歌じゃどうにもならない。
いい塩梅の「いい加減さ」が演奏にとってはすごく大事なんだよな。
意識の集中と分散の両方をやる感じと言うかね。

バンド演奏の奥の深さは果てしがなくて面白い。





夏が好きになった

「好運なツアー」のリハーサル前日。
リハーサル前のひとりリハーサル。
曲のチェック。キーのチェック。歌のチェック。
チャリで汗をかき、歌って汗をかき。
以前はバテる夏よりもキリッとする冬のほうが好きだったが、
最近は夏が好きになってきた。
体をたくさん動かしてクタクタになって、
汗をいっぱいかいたあとの涼しさが気持ちいい。
夏には夏なりの体を動かす楽しさがある。
明日もいっぱい汗をかこう。





音楽定規

「好運なツアー」の曲目をさらに考え直している。

暑くなったな。
暑くなると逆に体を動かしたくなる。
中途半端に汗をかくより、
たくさん汗をかいたほうが気持ちがいい。

部屋のクーラーはまだ使っていない。
今年はいつまで使わずに過ごせるかな。

車で荷物を運んで汗をかいたあと、
久しぶりにビートルズを聴く。
音楽を好きになったきっかけの一つがビートルズだから、
今も確認するように聴く。
ビートルズを好きになった頃の自分から、
今の自分がどれだけ変化したのかを測るように聴く。
ビートルズは僕の音楽の定規みたいなものかな。





曲の色

 
オリジナル・ラヴの7月のツアー「好運なツアー」の方向性が決まってきた。
いろんな方向性が考えられたのだが、
今回はここのところしばらくやっていなかった曲を多くやることになりそうだ。
XTCのアンディ・パートリッチがジャズの影響を受けたロックを作っているが、
僕も同じようなアプローチの仕方でジャズの影響を受けて作った曲がそこそこあって、
今回はどちらかというと、そっちの方向に寄った選曲になってきたかな。

僕が10代の頃はたいていの町にジャズ喫茶があった。
ぼくはニューウェーブと言われる音楽に熱中していたが、
ジャズ喫茶で流れる音楽も好きで、
学校帰りに制服のままいつも立ち寄って通っていた。
いつしかマスターとも仲良くなってたまにジャズミュージシャンのことも教えてもらった。
高校の頃好きだったジャズはマイルス・デイビスなら50年代の頃、
ソニー・ロリンズやデューク・エリントンなど、
オーソドックスなジャズが好きだった。
アドリブもいいが、どちらかというと曲としてジャズが好きだった。
コードネームは一切知らなかったが、
耳に聞こえてくるジャズのテンションコードをギターで真似て、
自分の曲に出鱈目にあてがった。
ジャズの和音やアレンジ、メロディーから影響を受けたが、
インプロビゼーション、ソロにはあまり興味がなかった。
そういうジャズからの少々偏った影響は、
ぼくが作る曲の色になっている。






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