DIARY

モトクロスとギター

モトクロスをやっていた頃よく世話になった、
バイク屋の店長にばったり会って久しぶりに話し込む。

ここ二、三年、
なぜこれほどギターを弾くことがまた面白くなったかを考えてみると、
モトクロスの体験がとても影響しているように思える。
店長と楽しく話しているうちに、
そういうふうに思えてきた。

モトクロスコースの様々な障害物がある泥の上を、
暴れ馬のようなモトクロスバイクをシートに座らずに立ったまま運転して走る。
水たまりではまったくタイヤのグリップが効かなくなる。
あの過酷な状況に反射的にからだに力が入ってしまうところを、
腕に力を入れないようにハンドルを持ち、
迫りくる相手のバイクを交わしつつ、
アクセルを全開にすることが最初は出来なかった。
無駄な力を抜くにはどうしたらいいかをいろいろ教わった。

ステージの上での歌とギター演奏も、
力を抜いてできるようになるには何年もかかるのではないかと思う。

モトクロスをやったことで、
ギターを弾くことに関して、
それまでと全く違う取り組み方、
考え方ができるようなったような気がする。

自分の身体を「客観的考えて動かす面白さに」目覚めたと言ったらいいのか。

モトクロスバイクもギターも歌も、
自分の身体との対話であって、
そこが面白いところなんだよな。



生まれ変わったシェラトン

長年の相棒であるエピフォンのシェラトンが修理から帰ってきた。
ピックアップをオールドのエピフォンみたいにミニハンバッカーに置換した。
多少見た目がおかしくなるかもしれないと思ったが、
リペアマンがいい仕事してくれたおかげで、
とても自然に置換されていて、
かえって見た目もかっこよくなった感じさえする。

ほかにもブリッジや配線など、
老朽化が進んでいた細かい部品を直し、
リフレッシュされた。

ミニハンバッカーに置換したくなったのは、
オールドエピフォンのミニハンバッカーを載せたモデルを、
楽器屋で試奏したのがきっかけだ。
それはとても素晴らしい音色だった。

生まれ変わったマイエピフォン、
まだちょっとしか弾いていないが、
いい感じだ。

昔のジョン・リー・フッカーのように、
早く太めのフラット弦張ってオープンGで弾きたい。





雨の町で

梅雨入りした東京。
リハーサルや諸々の細かい仕事に追われる。

今夜は雨が降っていたのでジョグは無し。
今月ジョギングした距離の合計は93キロ。
もし今夜走れたら7キロ走って計100キロにしたかったんだが。

五月はたくさんジョギングすることができたが、
六月は雨が多くなって走れる機会は減るかもしれない。

じめじめしたこれから時期は、
アトリエの楽器機材のメンテに気を配らなければならない。

車の中でミシシッピ・ジョンハートを聞いた。
雨の日にもぴったりくるブルースだ。
ブルースは飽きない。
一度ハマると抜けられない魅力がある。
ブルースしか聞かない人がたまに居るけれども、
分かるような気がする。





ポップスのメロディとコード、ビートルズ

10代の頃にジャズを少しかじったものだから、
曲を作ったりコピーしたりアレンジしたりしているときに、
いつの間にかテンンションコードを入れている。
しかしこれがポップスにとって良くないことがしばしばある。

近頃たまにその教本を読んだりしているジョー・パスのコード展開は、
難解だが追ってゆけば腑に落ちるところがある。
自分が知っている気持ち良いコードワーク、その展開を、
とことんまで突き詰めるとこういうこともできるのか、
という具合に。

ところがポップスは、
ジャズよりもブルースやゴスペルの延長線上にあり、
その普遍性において、
もう一歩踏み込んだ曲作りの完成度が求められる。

そういうことを再認識させる仕事が、
今日一区切り付いて、勉強になった。

ポップスは、
メロディにも和音にも引き算が必要だ。
足してばかりいると、
複雑すぎたりクドかったり甘過ぎたりで、
曖昧なものになってしまう。

いかにテンションノートを抜いてゆくのか。
曲のどの部分の、どのコードにテンションノートを入れるのか、
逆に抜いてしまうのかは、
曲作りにおいて時々センシティブな問題になり、
センスの発揮のしどころだったりする。

ビートルズはそういうところもすごく上手かった。
最小限のコード展開、テンションノートで、
メロディーを最大限に引き立てる。
反対に部分的に大胆にテンションコードを入れる。

ジョンとポールという二人体制が、
あの選び抜かれたメロディーと和音の構成に、
効果的に働いていたのではないか。
おそらく古いジャズも聴いていただろうポールが、
そういった影響のもとに作った曲にテンションノートを入れ過ぎていたら、
この曲の重要部分であるこのコードはもっとシンプルにした方がいい、
などとジョンが指摘する、
といったふうに。

憶測に過ぎないのはもちろんだが、
ただ、 一人だけで考えたら、
あのような曲の形にならないと思うのだ。

それにしても僕は人生で何百回ビートルズのことを考えれば気がすむのか。






スライとブルース

天気がよかったので久しぶりにスライの名盤Stand!を聞いたのだが、
彼のブルースハープがそこそこイケているのに初めて気付いた。
僕自身がブルースハープを吹くようになったので、
分かるようになったのだ。
リトル・ウォルターや他のハーピストの音楽を聴いていたのではないだろうか。

ブルースハープのみならず、
彼のキーボード演奏やギターのフレーズには、
ブルースの影響が感じられる。
彼はアルバムでベースも演奏していたのではないかと言われている。
多分彼はマルチプレイヤーだった。
いろんな楽器を演奏するセンスがあったからこそ、
ああいったアンサンブルのアイデアを思いついたように思える。

スライはブルースを壊してそれにいろんな他の音楽を混ぜこぜにして、
不思議な音楽を作った。
それは後にファンクと呼ばれるようになる。




調子に乗ってみる

先月からジョギングの距離を伸ばしている。
へばることもあったが、
最近少しスタミナが付いてきているような気がする。
疲れの回復が少し早くなっているような気がする。
しかし気のせいかもしれない。

気のせいでも、
しばらくその気になってそこそこ調子に乗ってみることにする。

これからしばらく続く忙しい毎日を、
忙しがらずにジョグを続けてみようと思う。

歩かない程度に、
駆けない程度に、
ジョギングのように時を過ごせるか、
調子に乗ってしばらく実験してみようと思う。




カフェライブツアー終了

今回車で旅したカフェライブツアーは予想以上に濃厚だった。

それぞれの町にその町らしさ、
そのハコらしさがよく分かるいい旅だった。
町によって同じ歌の意味が変わる。
町と町の距離を改めて知ったこのツアーは、
歌と人の繋がりをまた一つ知ったツアーだった。

余韻に浸りたいところだが次の仕事が待っている。


エブリデイ エブリデイ

最近は毎日のジョギングの距離をすこし伸ばしている。
伸ばすほどにこの日記を継続的に書くのがきつくなってきているが、
頑張って書くのである。
ジョギングの距離が長くなったという、
格好の言い訳が自分にできて、
サボろうとしているのかもしれないのである。

ジョギングを始めてもうすぐ3年目に入る。
以前の自分ならここまで継続できている自分を認めるだろうが、
今の自分はそんな気にはなれない。
ジョギングを始める前と違って、
継続しているからいろんなことがなんとかなるはずだ、
という油断が自分に生まれやすくなっている。
そんなことはない。
継続しているからって、
すべてなんとかなってうまくいくということではない。
継続していたってしていなくたって、
ジョギングに関すること以外がうまくいくかどうかは、
同じように分からない。
継続することの落とし穴はそこにあるように最近思う。

しかしそれでも、
ジョギングを丸2年継続していま思うことは、
やはり継続することだけが本当の力になりえるのではないか、
ということ。

新曲「エブリデイ エブリデイ」は6月5日ダウンロード発売開始。
昨日からここで試聴できるようになっています。
極上のエレポップをぜひ聴いてみてください!



距離の芸術

カフェライブツアー前半戦が終了。

山を走る高速道路の先に大きくひらけた町が見え、
それが初めて来た石巻の町だった。
ライブ会場「ラ・ストラーダ」は市役所の近くの商店街にあった。
元は海の近くにあった店に津波で漁船が突っ込んできた。
店を移転し、その商店街で営業を再開したのだそうだ。
初めての町だったのでお客さんが来るがどうか心配だったが、
ライブが始まると満員御礼。
石巻の人たちは歓声で迎えてくれた。
漁師の町だからか、
威勢のいいのお客さんで思わず僕も舞い上がった。
最後の曲で楽器トラブルでノイズが出るようになったため、
すべてのPAの電気を切ってワイゼンボーンと歌を生で演奏した。
お客さんはそれでも合唱してくれて、
キャンプファイヤーのような楽しいひとときとなった。

郡山のカフェ「ラストワルツ」は、
僕が高校生の頃よくうろうろしていた郡山駅前の店が建ち並ぶ路地にあった。
当時こんな店があったらやはり間違いなく通っただろう。
あの頃郡山にはジャズ喫茶やブルース喫茶、
そしてロンドンのパンク・ニューウェーブをプッシュするレコード屋さん、
小さなライブハウスなどがあった。
僕は音楽にいよいよ本格的にのめり込み、
少ない友人たちと毎日のようにそういう場所へ通っていた。
東北新幹線が開通したばかりで、
民放テレビ局も一気に増え、
郡山にいろんな東京的な文化が一気に流れ込み始めた時期だったような気がする。

大人になって郡山で歌うと、
自然に気持ちが高まる。
ややもすると高まり過ぎるので少し冷静に歌おうとしたくらいだ。
やっぱり自分が少年時代に暮らした土地は特別なのだ。
自分が歳を取るほどにそういう感覚が強くなった。
いわゆるノスタルジアというやつだ。
「ラストワルツ」のスタッフや郡山の友人のおかげでお客さんは満員御礼。
一曲目から最後の曲までお客さんと大いに盛り上がって最高のライブになった。
みんなどうもありがとう!

音楽(歌)は時間と場所の芸術だ。
それは距離の芸術とも言えるかもしれない。
時間が経過するほどに、
場所を移動して距離が増えるほどに、
音楽(歌)にいろんな色や匂いや味が充填されて変化する。
そんな音楽をいつまでも奏でていたいものだ。




いいギター、わるいギター

カフェライブツアーのリハーサル。

リゾネーターギターの鳴らし方を一つまた発見してうれしい。
少しずつこのギターのことが分かってきた。
リゾネーターギターの面白さは底が深い

以前ベテランの「バイク乗り」がよく言っていたのだが、
バイクに乗せてもらっているのか、
それともバイクを操り乗りこなしているのかは、
全然違う。
ずっと乗っていて飽きが来ず、
もっと操り乗りこなしたいと思うバイクが、
その人にとっていいバイクなのだと。

ギターでも同じことが言える。
ギターに弾かせてもらっているか、
ギターを鳴らして操り弾きこなしているかは、
全然違う。

同じギターを何年か弾いて、
そのギターの鳴らし方が少しずつ分かってくることがある。
何年か弾いても飽きが来ず、
いろんな面白さを発見できるギターが、
その人にとって良く出来たいいギターなのだろう。




calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< November 2020 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM