DIARY

レイ

映画「レイ」を見る。
レイ・チャールズの人生を追った物語。
主演俳優のレイのなりきり度合いがすごい。

シンガーはみな、アルバムを出して年月を経るうちに、
似たような経験をするのかね。
次から次に素晴らしいテイクがとれるときがあったり、
バラードを書いてヒットすれば大衆に迎合したと一部の人達から言われたり。
思い当たるというか、
あるよねーと言いたくなるシーンが満載だった。

人生の分かれ道で正しい選択をする時もあれば,
ときどき正しくない選択をしてしまう時もあるのが普通の人間で、
レイもそういう人間のひとりだったという設定で描かれているのがいい。

レイの歌う「愛しのエリー」がヒットした頃にライブに行った。
ビッグバンドを引き連れてのゴージャスなライブだったが、驚いたことに、
PAシステムがを使っていなくて、レイの声だけマイクを通していて、
あとの楽器は生音だったんだよな。
あれはシブかったな。




定番、普遍、特別

黒澤の「生きる」を見る。
言うまでもなく、志村喬が素晴らしい。
主人公渡辺のように生きてみたいと思う。
いままでにもそう思ったことがあったような気がするし、
これからも思うことがあるだろう。
でもすぐに忘れてしまうんだよな。
娑婆にいると、
「命短し」ことを忘れるようにできているのが人間なのかな。
役所でたらい回しにされるのは今も昔も同じなんだな。
ぼくもついこの間そんな目に遭ったから笑った。
テーマがテーマだけに暗く重くなりがちなのを、
各所に仕掛けられた「笑い」が「浮き」の役割を果たして、
物語を沈み込ませず、軽やかなものにしている。
この映画のいろんなシーンを思い出して、
幾度も噛みしめたい。
映画を見る人達にとっての、
定番と言える映画。




行ったり来たり

寒さがぶり返した。
近所の桜並木は大分花も散って青々とした葉が芽吹き始めていたのに。
また郡山に雪が降ったと友人がツイッターでつぶやいていた。
冬と春を行ったり来たりする季節の変わり目。
風邪をひいたりしている人もいるようだね。

ジョン・キューザック主演の天変地異モノ映画「2012」を見た。
次から次に襲いかかる大災難のオンパレードの中を、
奇跡に奇跡を重ねて逃げのびる家族。
その様子がひどく大それていて面白い。
遊園地のアトラクション感覚の映画。





ハリーとトント

映画「ハリーとトント」(1974)を観る。
ネコと老人が宿命に翻弄され当て所もない旅に出る。
この手の映画はたくさんあるが、
それらはみなこの映画を参考にしている部分があるように思われる。
なんてこと無さ過ぎるラストが胸に迫る。
人生はなんて、なんてことないのか。

ネコに向かってとりとめもなく話しをする老人。
海辺で砂遊びをする少年。
流れてゆく幸運、不運、出会い、別離。

映画が終わって初めて、
この映画全体が詩のような、
夢のようなものだったのだと気づかされる。
様々なキャラクターの登場人物達ひとりひとりの、
何気ないシーンやセリフをもういちど思い起こしたくなる。

軽いタッチの映画だけれども、
強い余韻を残す小さな物語。





アリスVSアリス

ギターを弾き、シーケンサーをいじり、
イメージをデッサンするように鼻歌を歌う日だった。
シンガーソングライターはステージに立てば華やかだけど、
他のほとんどの日は地味にせっせとものつくりをするのが日常だ。
すべてが華やかな仕事なんて嘘だよねきっと。
毎日がライブでどんな時もスターで、
酒とバラの日々で、
なんて夢のような暮らしは嘘なんだよねきっと。
実際にすべての日がそんな日だったら、
心も身体もどんどん現実離れしてしまうだろうね。

ティム・バートン、ジョニー・デップの「不思議の国のアリス」が
もうすぐアメリカで公開されるのに合わせたわけでもないのだけど、
ヤン・シュヴァンクマイエルの「アリス」を借りて観た。
最近の作品、「オテサーネク」で初めて彼を知った時は、
あまりの素晴らしさに衝撃が走った。
「アリス」はルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」を、
シュヴァンクマイエルがアレンジして映画にしたものだ。
すべてのカットをアルバムジャケットにしたくなるほど、
素晴らしい構図、味のある動くオブジェ。
この映画のどのシーンを見渡しても完璧。
この間の「アバター」のCG映像も凄かったけれど、
この映画の古い手法もまったく引けを取っていない。
逆にこの映画はCGだったら魅力が半減してしまうだろう。
コマ撮りっていうのかな、ちょっとぼくには分からないのだけど、
コラージュ写真の面白さを映画に極限まで生かしている。
最初の絵コンテの段階でカットやストーリー、編集まで出来上がっていて、
それに合わせて絵を撮っていくという。
人間の想像力ってここまで跳躍できるんだね。




ビバ!100円映画

曲作りをしようとピアノに向かったり、
シーケンサをいじったり、
ギターをかきむしったり。
一休みして音楽を聴いて、
スピナーズの"It's a Shame"の完璧さにしてやられ気がついたら踊っていたり、
その流れでツェッペリン以前のアトランティック・レーベルのアーティスト聴いて、
(ツェッペリンもいいのだけどね。)
オーティスの"I've been loving you too long"はやっぱり最高だ!と思ったり。
またギターをストロークしたり、シーケンサーいじったり、
フレーズのかけらを幾つかこしらえたり。

またなにを今更って言われるのだろうけれど、
100円だから借りた、
ずっと観そびれてた映画「フィールド・オブ・ドリームス」を観て、
オレの涙腺はダムが決壊したようになっちゃった。
月面宙返りみたいな物語の成立のさせ方だな。参りました。
なんて優しい映画なのだろう。
普通なら映画の説得力をなくしてしまうようなあり得ない展開は、
すごくはっきりした理由に基づいていて、
だから堂々とファンタジーを観る者に突きつけてくる。
「ここは天国か?」
「いや、ここはアイオワだよ。」ってセリフとか、
涙腺ブレイクポイント多数。

馬鹿馬鹿しいと他者は言うかもしれない、自分の夢を実現させる場所、
トウモロコシ畑の中に作った不思議な野球場の中で、
人々の様々な人生の果たせなかった思いが、
たち現れてすくい上げられてゆく。
無数の人々がその場所に、
自分でも気づかないうちに引き寄せられて行く。
よくぞこんな物語をこしらえてくれた。
作者よ、ありがとう!



2010.2.19(金)     

「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」を観る。
年老いてお荷物扱いされている偏屈な盲人の元大佐アル・パチーノと、
純粋で常に正しい選択をしようとする高校生の少年が、
あるきっかけで共に生活することになり、
ぶつかり合って互いの運命に影響を与え合うヒューマンストーリー。
映画の後半、アル・パチーノが破壊者となって、
人間のセコさをぶった切るシーンが痛快で、
オレの涙腺は攻撃されっぱなしだった。
非現実的な話だし、
捻くれて斜めに観ようとすることも出来るだろうが、
役者陣が迫力ある演技でグイグイ観る者を引っ張ってゆくので、
説得力がある。
よかったなあ。と思って映画を見終えたら、
ウッズのリアルタイムの会見が終わっていて、
見そびれてしまった。

なんだか既に、ツイッター前とツイッター後とで、
自分がすこし変わり始めているかな。



2010.2.1(月) 

おーっと、雪だ。きれいだな。
仕事の帰り道、お祭り騒ぎみたいに降ってきた雪が、
東京の夜のアスファルトに積もり始めて、
どこか楽しいような雰囲気だ。
車やバイクが滑ってこないかやきもきしながら、
自分も滑らないように、雪を踏みしめ歩いて帰ってきた。

「アバター3D」を観てきた。
いろんな意味で、ものすごい映画だったな。
まず、各シーンの絵が圧倒的な迫力と、ものすごい細かさで、
とことんまで作り込まれていて、
どうやって作ったのか想像がつかない。

3Dになっていることによって、
映画を観ることが鑑賞よりも体験に近い。
遊園地のアトラクションに近い感覚でありながら、
感情の流れがある物語になっている。

そして強いアメリカ批判。
20世紀に自分達が目指した方向は、過ちだったのではないかと、
人間は自ら自問できるのか、というようなテーマ。
20世紀のアメリカ人の象徴だったのかもしれない、
「ターミネイター」を撮ったジェームス・キャメロン監督が、
今度は、「ターミネイター」が滅ぼそうとしたものを、
怒りをあらわにして描いている感じ。
その怒りは、自分へ向けたの怒りなのかな。

惑星パンドラの神秘的な「自然」には、宮崎駿の影響が感じられた。
自然の中に神様がいるとする、ナヴィ族の世界観は、
インディアンの世界観や、日本の古来の自然観もすこし垣間見れる。

ハリウッドのすごさを、
これでもかというほど思い知らされた感じの映画だな。
もう一回観てみたいな。


2009.12.2(水) 

映画「迷子の警察音楽隊」を観た。
エジプトの警察音楽隊がイスラエルに演奏旅行に来たのだが、
手違いもあってまったく違う場所に着いてしまう。
砂漠ばかりでなにもない町に小さなレストランだけがあって、
どこか妖しい魅力のある女性が店を切り盛りしている。
途方に暮れている彼らはほかに行くあてもなく、
彼女の勧めに従いそこに一夜泊めてもらう。

物語のテンポが極端に遅く、各シーンに決まりの悪い長い間をわざと持たせて、
登場人物たちのとぼけたような味を引き出している。
アキ・カウリスマキの「レニングラード・カウボーイズ」を思いだした。
激しいアクションは一つもないのに、
人の心理が銀幕の上に常に揺らめいている。
警察音楽隊たちはみな諦念を抱いているようで、
希望もなくただ運命に流されてゆくのだが、
美しい空色の制服が老いて孤独な表情をたたえている警官の情念を包み隠している。
この映画唯一の快活な女性に内面をかき乱されているのだ。

この映画で最後に警察音楽隊が歌い演奏するアラビア音楽は情熱的なラブソングだ。
ぼくは昔「ディザイアー」というアルバムを作ったとき、
中東、ペルシャ、エジプト、トルコ、ギリシャのジプシー音楽などにハマってしまって、
何百枚もCDを買って、ウードという中東の琵琶のような楽器まで買って、
しばらく弾いていた。
アラビアの歌はセクシーで情熱的なラブソングが多いんだ。
ベリーダンサーはきらびやかな黄金の衣装を身につけ、
肉感的な身体を露にして柔らかに舞う。

アラビアの女性は黒い布を全身に纏って顔まで隠しているけれど、
部屋にいるときはその布を取って中に着ている色鮮やかな衣装を、
主人にだけ見せていると聞いたことがある。
感情を露にしないという、隠すことの美徳みたいなのが中東にはあるのだろうか。

平安時代の日本の貴族の女性もいつも顔を隠していて、
結婚して初めて顔を見てびっくりした旦那もいたなんて話を、
高校のときの国語の先生がしていた記憶がある。
隠されることで気持ちがかき立てられることって、
なんかいま減っているよなあ。
まあそれはいいことでもあるのだけどさ。



2009.11.26(木) 

映画「フルモンティ」を観た。
この映画もずっと前から見ようと思っていて観ずにいた映画だ。
鉄工所が潰れて失業した男たちが、
男性ストリップで一旗揚げてやろうぜっていう物語なのだけど、
久しぶりに腹の底から笑って大満足だった映画だな。いやあ最高。
台詞の一つ一つがいちいち気が利いていていいんだ。
ばかばかしい。くだらない。情けない。でもかっこいい。
そしてなんか最後はいい気分になる。名作じゃんか。
暗い状況、不幸、悩みっていうのは、
ひょっとしたらこの映画みたいに、
最高の形で笑いに転化できうるものなんじゃないのかな。
そういうことをするのがクリエイティブの役目なんじゃないのかな。


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