DIARY

2005.08.30(火) 

ご無沙汰してます。また一年ぶりの更新になってしまいました。すいません。  
最近は専らトランペットの練習に励んでいる。毎日アトリエで数時間吹いている。7月に、ポケットトランペットからふつうのトランペットにバージョンアップした。30歳半ばを過ぎてからテナーサックスを始め、アルトサックスを始め、今度はトランペットだ。ぼくは音楽を聴くことも好きだけど、それよりも楽器を触ったり眺めたり演奏したりすることが好きだ。たいして上手くなれないのだが。トランペットは、 サックスに比べると難しい楽器だ。サックスは、音を出すだけなら、それほど難しくはない。でもトランペットは、ちゃんとした音を出すことが、まず最初の関門だ。アンプシュアーと呼ばれる、口の基本的な形を作るのがなかなか難しい。2オクターブ半の音域を、きれいに一定に吹けるようになるまではけっこう時間がかかるのだ。まだぼくは高い方のFから上がほとんど出せない。唇の周りの筋肉を鍛えなければならない。きれいに音が出せたときは、気持ちがいい。トランペットはやばい楽器だ。演奏者を魅了してしまう楽器である。
トランペットを毎日吹いてたら、Jazzが聴きたくなった。最近はすっかり聴いていなかったマイルス・デイビス、チェット・ベイカー、オーネットコールマンとドンチェリーのコンボをiPodに取 り込んで聴いてみる。彼らそれぞれの音楽に、また新しく感動する。チェット・ベイカーが、こんなにもトランペットの名手だとは知らなかった。彼の歌ばかり好きで聴いていたので。  
ジャズが盛り上がっていた時代には、彼らの破綻した生き方だとか不幸な人生の物語がごろごろ転がっている。理由はいろいろあるだろうが、きっと、楽器の魅力に取り憑かれ、他を犠牲にして、演奏することに熱中しすぎていたのだろう。でも今はそんな時代じゃない。そんな物語は古くさい。今はミュージシャンでも誰でも、ふつうに一人前に生活することが大事だ。しかし、人が夢中になれることにおいて、例えばサッカーワールドカップやオリンピックやボクシングの世界タイトルを獲ることみたいに、Jazzをやったり聴いたりすることがスリリングだった時代がかつてあって、そして今はそういう時代じゃなくなっているのは、寂しいことだ。あの頃のジャズは、いま聴いてもクールだ。

2004.10.15(金) 

今日はラジオ番組に幾つか出演してきました。スカパラのキンちゃんの番組にも出て、GAMOちゃんも電話出演したりして楽しかった。それにしてもキンちゃんのスマイルは、いつも人を嬉しい気分にさせるんです!本当にすばらしいんです!
この間ボクシングに、ほぼにちのTARO-Tのイベントの時にもらった岡本太郎の顔のアップのT-シャツを着て行ったたら、トレーナーに「おーバクハツですか」とか、別のトレーナーには「その輪島功一のT-シャツいいねえ」と声をかけられました。輪島功一と岡本太郎ってそういえばちょっと顔が似てますよね。
そいでニューヨーク話の続き。前から泊まってみたかった「チェルシーホテル」に初めて泊まりました。フロントはとても狭く、よくアメリカのギャング映画にでてくる、小さく升目状に木で仕切られたキーを入れる整理棚がありました。きちんと予約を入れていたのですがホテル側の手違いで、最初の一日だけ部屋が三つもあるスイートにスタッフ3人一緒に泊まらなければならなくなりました。髪の薄いホテル・マンが、その部屋は映画の「チェルシーホテル」でユマ・サーマンが使っていた部屋だということを、目を見開いてオーバーアクション気味に説明しました。エレベータを下りてその部屋に至るまでの廊下に、ホテルに住み込んでいるといわれる人の部屋が幾つかありました。ドアには、ボールペンで雑に書かれた彼ら自身の似顔絵が貼ってありました。部屋にはいると、短い廊下の真正面から鈍いグレーの不気味な肖像画に睨まれました。大きめのベッドルームが二つ、そのあいだの位置に広いリビングがひとつ、使用禁止になった暖炉、ガラスのテーブル、大きな古いソファー、その後の壁に、やはり存在理由の分からない鈍いグリーンの大きな油絵が掛かっていました。広いキッチンだけが小綺麗で、でっかい冷蔵庫があり皿や食器類もそろっていました。外に少し張り出した窓があり、その手前に広々としたシンプルな机があります。座ると目の前にニューヨークの街の汚れた屋根が見え、海鳥が何羽か群れて飛んでいったりしています。作詞とかするともの凄く捗りそうです。家具のデザイン、カーテンと壁の古めかしさなど、純文学的なオーラに包まれ、レナード・コーエンの歌詞そのままというかんじ。未確認情報ですが、シド・ビシャスが事件を起こしたのもひょっとしたらこの部屋かも知れないということでしたが、そんなことが起きでも不思議ではない雰囲気でした。その部屋には一泊だけして、次の日から三人べつべつに別れてひとり用の部屋に泊まりましたが、ひとり部屋もやっぱりおなじような雰囲気でした。

2004.10.08(金)

昨日のVOICEで間違いちゃいました。マスタリング・エンジニアの名前、グレッグ・カルビをグレッグ・レイクと書いてました。エマーソン・レイク・パーマーかっちゅうの。昨日は毎日更新しようと思っていたのですが、ショックのためやっぱりチョーゴクタマーニ更新に戻します。なあんて。VOICEをアップしてすぐに、ファンの方がメールで教えてくれました。ありがとうございました。素早い反応に驚きました。
ニューヨーク話・続きなんですが、ふらりとひとりでイーストビレッジ周辺の男性用アクセサリーショップに入ったのです。ガラスケースの中を適当に眺めていると黒人の女性の店員さんに、お目が高いだの、センスがいいだのさんざん褒められ、気が付くと指輪やらブレスレッドやら買ってました。自分で身につけるアクセサリーを自分で買ったのは生まれて初めてですが、せっかくだから意地になって毎日つけてます。シルバーに蛇の皮が張り付けてある指輪が、触っているうちに気に入ってきました。表面がだんだん鈍く光る感じになってきて、いいっす。
泊まったホテルはレナード・コーエンの曲名にもなってる「チェルシーホテル」でした。ちょっとボロいんですがすげえ味がありました。次回そのことを書きます。

2004.10.07(木) 

うもおひさです。ニューアルバムがやっとできました。タイトルは「街男 街女(まちおとこ まちおんな)」です。タイトルの意味とかいろんなことは雑誌のインタビューで言ってますんでそっちを見てください。良いアルバムに仕上がったと思っております。ぜひ聴いてみてください。
ちょっと前の話になっちゃうんですが、アルバムのマスタリングでニューヨークへ行ってきました。ステアリング・サウンドスタジオのグレック・カルビがマスタリングをしました。彼はジョン・レノンのアルバムや最近ではストロークスのアルバムなどもやっているベテランです。彼に、ジョン・レノンがグレッグに書き置きしたメモを見せてもらっちゃいました。けっこう細かい指示がしてあって、ジョンがマスタリングにもこだわっていたことが分かり、意外でした。
初めてメジャーリーグの試合も観に行きました。ビートルズがライブをやったシェアスタジアムへメッツ戦を観に行きました。松井稼頭男選手は怪我で欠場していて、今年のメッツは弱くて人もあまり入っていませんでしたが、面白かったです。つまんないバンドのライブを観に行くよりよっぽど楽しめましたよ。
日本の野球が今大変みたいだけど、ぼくがその試合を見て日本の野球にこれがあればいいなーと思ったのが、ホームランボールはもちろんなのですが、ファウルボールもお客さんが持って帰って良いことになっていることです。あれ?僕が子供の頃巨人戦を見に行ったときは、持って帰って良いのはホームランボールだけだったんだけど、今は違うのかな?まあそれはおいといて、そのメッツのスタジアムへ来ている人々はほとんどグローブを持っていて、ファウルボールが飛んでくると我こそはと取り合いになります。そして運良くキャッチした人は嬉しそうにボールを持った手を大きくあげてスタジアムのお客さん全員にアピールします。テレビカメラがそのお客さんを捉え、電光掲示板に大写しになります。それを見てスタジアムのお客さんはいちいち拍手をするんです。これだったら試合の勝敗がどうのじゃなくて、ファウルボール目当てだけでスタジアムに来るのも楽しい感じがするじゃないですか。その他、回が変わるときに、グラウンドにバットマンの映画の宣伝の人がでて、バットマンTシャツをお客さんに空気銃のようなもので打って何個も放り投げ与える時間があったり、とにかく実際の試合以外の部分で楽しめるところがいっぱいあって、スポーツというよりもエンターテイメントだなあと感じました。
続きは明日書きます。ニューアルバムの発売も近いんで、この超不定期更新のVOICEをちょっとしばらくまめに更新しようと思っております。よろしくです!

2004.6.4

どうもです。またもや半年以上空けてしまいました。ごめんねえ〜。
ということで超不定期更新のVOICE、今回から写真付きである。先日ついにケータイを何年ぶりかで変えた。Fomaにしました。毎日写真を撮りまくっている。そしたら、「フォーマー(尻上がりで発音)っすね!」などと早速言われた。
この間シングル「沈黙の薔薇」のプロモーションビデオ撮影で、あるラブ・ホテルに行ったのだが、どの部屋もありえないデザインになっていておもろかった。映画の「シャイニング」みたいなこわい雰囲気の廊下があったり。そこでセッションメンバーとの演奏シーンを撮った。いろんな部屋でいろんなシーンを撮ったのだが、和式の部屋で、ぼくがひとりで刀を持って歌うシーンがあった。モニターに写る映像が映画みたいなので、即興で科白をしゃべろうってことになった。このシーンは、多分90パーセント以上使われないと思うのだけど、なんだか訳の分からない科白をそこで思いつきでしゃべりました。現場からは「来年からは男優デビューか」などという声も聞こえた。男優じゃなくて俳優だろっちゅうの。このビデオ、現在製作中なのですが、面白そうなものが出来そうなんで、皆さんお楽しみに。
最近お気に入りの珈琲屋ができた。どこだかは内緒。そこで歌詞なぞを書いたりしている。店員さんがお茶を持ってくるときは、必ずノートブックを閉じている。「あっ、詩を書いてる」などと思われたら恥ずかしいからである。
先週久しぶりに風邪を引いた。もの凄い咳がでたあと、発熱した。熱は引いたのだが、咳がちっとも止まらない。結構きついですこの風邪。皆さん充分にお気をつけ下され。

2003.9.3

一昨日の夜からアトリエが大騒ぎになった。水漏れ事故である。床から水がしみ出してきて止まらない。ギターや録音機材などを移動してまる二晩も水を吸い取る掃除機で格闘。吸い取った水はバケツ20杯分くらいか。原因が今日の午後にやっと判明。まいった。今日はボクシングへ行こうと思っていたが行けず。仕事も全面的にストップする。ついてねえ。
何ヶ月か前からひとり晩酌が習慣になっている。缶酎ハイとあたりめ、焼酎とコンビーフ。二十歳過ぎの頃、1年くらい晩酌が毎日の習慣になってたときがある。でも僕はそんなに酒飲みじゃなかった。たまに飲むとビール一杯で真っ赤。20代後半の頃は3年くらい一滴も飲まなかった時期もある。その時期にはけっこう甘いものが好きだった。ケーキを自分で作っていたくらい。でも今はビール飲みながら食うらっきょうのほうが良い。Birdのレコーディングでアレンジを手伝ってもらった小松秀行は、自分で漬けたらっきょうを人にあげたりしている。
たばこはシングル「宝島」の歌入れの日以来一本吸っただけ。「美貌の罠」のPV撮影の時吸ってくれと言われて吸った一本。これがうまかった。「宝島」の歌入れがうまく行かなかったからたばこをやめた。僕はヘビースモーカーだった。マルボロ一日二箱。アルバムレコーディングが終わるたび、前歯に丸いフィルターの形したヤニをザクトで磨いて落としてた。やめるとき、一ヶ月間ニコチンなしの普通のガムを噛みまくった。それこそ、5分で10箱とか。一ヶ月我慢したらたばこやめられます。意外と簡単です。
水漏れ事故がなんとかなりそうになって、珈琲屋で休憩。橋本治を読む。橋本治を読むと、泣いてしまうことがある。おれの目が水漏れ。老朽化が原因か?鞄には読みかけの本が15冊くらい入っている。CDもけっこう入ってるから重たい。高校生の頃から僕の鞄はいつも大きくて重たい。その頃田舎では、教科書は机の中にしまいっぱなしにして学生鞄を薄く潰して持ち歩くのがおしゃれってことになってた。僕の鞄はいつも破裂せんばかりにものが入っていたから、ブタ鞄と言われていた。髪の毛をダイエースプレーで逆立てて、手にはブタ鞄の高校生。毎日PILのメタルボックスとFlowers of Romansを聴いてる。でも大学生になったらポップスをやるようになりました。そんなことを沼澤さんに話したら、メタルボックス買った、とメールが来てちょっと驚く。なんだか言い訳っぽい返事を出す。
この間久しぶりに見た映画、「パンチ・ドランク・ラブ」。フィオナ・アップルの旦那で「マグノリア」の監督が撮った映画。友部さんとその奥さんが良いと言ってたとおり、いい映画だった。この監督、ひょっとして天才?ラストであまり意味も分からず、またおれの目が水漏れ。
ポニーキャニオンから勝新の「座頭市」のコメントを書いてほしいから、とビデオを渡された。ビデオの中の若い勝新は、奇怪で不気味。重心の低い動きは、でっかい亀とか、イグアナとか、カメレオンとか、名前の知らない古代の恐竜みたい。つまり勝新は、男の子が大好きな生き物なのだ。北野武の座頭市が早く観たい。

2003.9.1

どうもです。ひっさしぶりの更新です。「踊る太陽ツアー」も終わりbirdさんのアルバムのプロデュースも終わり、あと一つ、まだ内緒なんだけどある仕事があってそれもおわり、そろそろ次のアルバムのための曲作りをし始めないとな、といったところです。
この間葉山の海辺のライブハウスでシークレット弾き語りライブをやってきた。リハーサル前に現地入りしたら、よく晴れて、あまりにも海が輝いてて気持ちよさそうだったので、お店で海パン買って一泳ぎした。気持ちよかった。ライブ前に泳いだのは初めてのこと。どっぷりと陽が暮れてライブが始まる。もちろん海パンのまま。パーカッションのラティールと僕、そして海が波の音でセッションしてくれた。歌は波の音に応え、波の音はコンガに応え、コンガはギターの音に応えたりして、おれとラティ、そして砂のベンチに座るお客さんたちは、真っ黒なだだっ広い海の向こうを、なま暖かい潮風に乗って漂ってるようで。久しぶりに「サンシャイン・ロマンス」も歌ったし。マネージャーと帰りの車のなか、美空ひばりが歌うジャズを小さい音で聴いてたら、波の音みたいに聞こえた。
昨日とあるレコーディングでまたもや、歌一発録りOKをやった。リズムレコーディングと同時に歌う歌はやっぱりいい。みんなの演奏もナイス。こりゃけっこういい出来なんじゃないの?
今日、ドラマーの沼澤尚さんとユウメシを食う。オムライスおいしかった。沼澤さんとは最近出逢ったばかりなのに、なんだかずいぶん前から知っている人のよう。フジロックで観たビョークが凄かったと力説する沼澤さん。去年ヴェスタパインツアーのDVDを観て度肝を抜かれたけど、その時よりもっと大がかりで凄かったみたい。ビョークの合図で花火が打ち上げられたりとか。そのための花火師もフランスからわざわざ呼んだらしいとか。
そういえばこの間ライジングサン・フェスティバルに初めて参加して感心したのが、バックステージがフランクないいムードだったこと。けっこうお酒を飲んでいろんなミュージシャンと話が出来た。あんなに一度にたくさんのミュージシャン達と呑めることはそんなにない。千歳空港についてすぐにスカパラ谷中から「歌わないっ?」て連絡があった。会場に着いた頃にはスカパラのライブは始まってた。アンコールで、いきなり3万人が両腕を上げる前で「めくオレ」歌う。一秒で汗だくになるほどのテンション。深夜になってロザリオス中村達也氏のセッションに飛び入りした。彼の素晴らしいドラムが気持ち良くて、泥酔ぎみのおれ、気が付くと、スカパラ加藤君から借りた超高価なビンテージギターのヘッドをシンバルに叩きつけてた。そしたらやっぱり傷がついちゃって悪いことをした。加藤君ごめん!おれが謝って修理代をだすと言っても加藤君は「いや、いいんすよ、いいんすよ!」。次の日の我らのライブも予想以上に大勢の人が観に来てくれて、その誰もが両腕を上げたりして盛り上がってくれたので、おれも最後の曲でギターのチューニングがめちゃくちゃになると、久しぶりにマイクスタンドを投げてジャンプした。
そしてまた一人のアトリエにもどる。あんまり向き合いたくもない自分と向き合ったりして。ギターを弾いたり、本を読んだり、ぼーっとしたり、ピアノを弾いたり、うたた寝したり、サックスを吹いたり、またぼーっとしたり、メール書いたり、CDを聴いたり、またうたた寝したりして、曲を書いてるフリしてる。

2003.4.11

ニューアルバム完成間近。

いよいよ去年から作ってきたニューアルバムが、ミックスダウンという作業を残すのみという段階まで来ました。
いつもアルバムを作るのは大変なんだけど、今回はまたもや「挑戦」だった。過酷なスケジュール予定を眺めて、いったいこんなことが自分に出来るのかどうか分からないという状況だったが、なんとかなりそうで良かった良かった。いま思えば、去年の「節分の日」に僕がボクシングジムに入るところからアルバム作りは始まっていたのだ。
今回のアルバムは、いつものごきげんなメンバーのほかに、町田康さん、友部正人さん、矢野顕子さん、松本隆さん、松井五郎さん、スカパラホーンズ、クリス・パーカー、ウィル・リー、佐野康夫くん、沼澤尚さん、ほか、そうそうたる人たちと一緒に仕事をすることが出来た。収録曲は11曲、そのうち2曲のリズムレコーディングをニューヨークのHit Factoryという豪華なスタジオ(ジョン・レノンやマイケル・ジャクソンがレコーディングしたところ)でレコーディングした。そこでのセッションメンバーが、ピアノで矢野顕子さん、ベースがウィル・リー、ドラムスがクリス・パーカーという一流ミュージシャン。緊張が走るレコーディングだったが、素晴らしいテイクを録ることが出来た。やっぱり矢野さんのピアノはすごかった。後日、友部正人さん夫妻と一緒に矢野顕子さんの家で晩御飯をご馳走になった。矢野さんの作る手料理がおしゃれでおいしかったです。ニューヨークでは毎日友部さんに会っていた。友部さん夫妻には、いろいろおいしいお店に連れて行ってもらったり、マンハッタンにある友部さん宅でお酒を飲んだりして、ずいぶんとお世話になってしまった。このときのことを、友部さんが雑誌「現代詩手帖、4月号、特集友部正人の世界」にちょっと書いてくれてます。友部さんの素晴らしい詩も読むことが出来るので、ぜひ読んでみてください。
結果的に今回のアルバムは前回の「ムーンストーン」とはまるで違う、そしてここ何作か作ってきたアルバムとも違う、豪華で甘酸っぱいロックン・ロール・アルバムになったと思うんだがなあ。エナジーあるぜ。
今回のアルバム制作期間に、信じられないほどいろんな素晴らしい出会いがあった。とても不思議だ。ショックであったと同時に学ぶことの連続だった。ぼくもいつか一人前になりたいです。
ニューアルバムのタイトルはもうすぐに発表します。よろしくです。

2003.3.4

どう〜も〜!あけすぎて、おめでとうございます。あけすぎました。すいませーん。いやーとにかく忙しくてそろそろ身も心もヘロヘロになってきました。ニューアルバムの歌入れが明日から始まります。なにをしとったかというとニューヨークでレコーディングしてきたりプロモーションビデオの撮影したりもういろんなことがありすぎてなにも憶えていないです。ニューシングル"Tender Loveのプロモビデオが完成したのですが、オリジナル・ラヴ史上、飛び抜けて馬鹿ワンダフルなビデオが出来ましたゼ!撮影日にはおれとスペシャルゲストの木暮晋也が約20時間近くノンストップでひたすら踊りまくり、おれと木暮だけじゃなくスタッフの方々も大変ご苦労なさりまくり、われわれの汗と努力と馬鹿と涙の結晶ビデオをとくとご覧くだされ!芸術は爆発だ!

2002.12.27

どうもで〜ス!いやあ、ツアーも終わってクリスマスも終わっちゃって、あともう いくつ寝ると〜、になってしまいましたねえ。ツアー最終日の渋谷クアトロは燃え尽 きたぜ!凄かったね。今年はムーンストーンってアルバムを出して2回ツアーした。 内心超テンパってたんだけど終わってみれば2回ともとてもいいツアーだったと思う。 それもこれも皆様のおかげであります。スパンコール・ツアーに来ていただいたお客 さん、本当に感謝します。ありがとうっっっ!!
さっき、久しぶりにジムに行って来た。やっぱり気持ちがいいねえ。今年は僕のボ クシング元年でした。めちゃきつかった真夏のトレーニングを思い出すなあ。毎日床 にぶっ倒れてたもんね。この間の渋谷のAXのライヴにジムのトレーナーの人が来てく れて、最高に嬉しかった!ボクシングを始めて本当に良かったと思ってる。すごーく 精神的に影響があったと思う。体を動かさないと分からなかったこと、見えなかった 世界が、こんなにも多く大きくあるんだって、びっくりした。
今年はとにかくはやく過ぎちゃったなあー。地球の自転がスピードアップしたので はないかという疑惑が俺のなかで浮上したね。今年は忙しかった。特に後半はこんな スケジュールこなせられるのだろうか、って思ったけど、なんとかいまその半分くら いは無事にこなせて少しホッとしてる。綱渡りの中間地点に来たって感じで。なんて、 こんなこと読者に愚痴こぼしてるみたいで、だめっすねおれ。でも来年はもっと忙し くなればいいのにって思ってる。今は忙しさに慣れる練習をしてるってかんじかな。 とにかく、今オリジナル・ラヴはツアー終わったばかりの師走だっちゅうのにニュー アルバムのレコーディング中です。2003年の春くらいに皆さんにお聴かせできそ うだよ。来年は、矢沢の永ちゃんが言うところの「BIGになる!」、岡本太郎が言う ところの「爆発だ!」ツァラトストラが言うところの「超えてゆく人」ってセンでい くぞお!
皆さんはどうですか?
ビタミンC取ったりしてかぜなどひかぬように。お気をつけて。よいお年を!!!!


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