DIARY

ファーストアルバム

グラント・グリーンの"Grant's First Stand"、
ウェス・モンゴメリーの"Incredible Jazz Guitar"、
ケニー・バレルの"Introducing Kenny Barrel"、
ジム・ホールの"Jazz Guitar"。

最近は好きなギタリストのファーストアルバム、
(もしくは最初に注目されたアルバム)をよく聞くようになった。
なんだかいい感じに聞こえるようになったのだ。
これらのアルバムのジャズギターらしさが好きだ。

自分もジャズギターを始めたので、
各アーティストの初期の曲の方が、
ギター初心者の自分にとって参考になるような気がしてきているからかもしれない。

それぞれのアーティストのいちばん完成度が高いと思うアルバム、
いちばん好きなアルバムはまた別だ。

でも、
やはりアーティストは最初のアルバムで、
その人ならではの個性を決定的に打ち出してしまっているのだと思う。

 

グラント・グリーン

ひとりソウルツアー、しーたか40、FNS歌謡祭など、
息つく間もない日々が過ぎて、
やっといま少しだけ一息入れている。
日記に書きたいことがいっぱいあったが忘れてしまった。

ひとりソウルツアーで全国を回り、
東京に帰って最後の二公演を迎える直前に、
長い間修理に出していたGIbsonL-7が帰ってきた。
それ以来ずっとそのギターを弾いている。
少しでも時間があればジャズギターの練習をしている。

ジャズのフレーズの理解が少しずつ進んでいる。
同時にジャズギターの奥の深さと種類の多さも見えてくる。

ジム・ホールばかり聞いていたときピンとこなかったグラント・グリーンが、
今はびんびん心に響いてきている。
理路整然と深い演奏をするウェス・モンゴメリーやケニー・バレルやジム・ホールに比べ、
直感とリズムで押しまくるグリーンはロックンロールのギターみたい。
チャックベリーを感じる。
弾いているギターも近いものを使っているし。
荒削りな彼の演奏がかっこいい。



 

基礎をもう一度

ここのところ睡魔に抗いながらジャズの初歩を少しずつ勉強していて、
漠然とだが見えなかった景色が急に見え始めたような気がしている。

初歩的なことや基礎をもう一度勉強する難しさは、
分かりきっていると思っていたことの中に、
実は分かっていない部分があることを見つけてゆく難しさだ。
自分が無意識的に素通りしてきた部分を確認してゆくのは、
面白いけれども労力を使う。
ほとんど眠りながらスケール練習をしている。

ジャズは、
サッカーや野球のように、
ルールがあるゲームみたいだ。
少しスポーツに似ている。
ルールを知らないと充分に楽しめない。
そこがジャズの取っ付きにくさである反面、
それを知れば、
野球やサッカーのように盛り上がって、
魂を解放できる。

ジャズはブルースやロック、ポップスとは違った考え方をする音楽だと、
前から思っていたが、
今はさらにそう思うようになった。
ジャズはロックンロールが誕生する前から、
ロックンロールの元の音楽であるカントリーブルース、リズムアンドブルースなどと分かれて、
違った方向に発展した音楽なのだ。

ロック、ポップス、ブルースは、
みんなで楽しむカジュアルな音楽だが、
ジャズは、
楽器演奏のスペシャリストが、
知力と体力を結集して挑むアスリート的な音楽でもある。

ジャズを知るほどに、
ジョー・パスやウェス・モンゴメリーなど、
過去のジャズの巨人たちとの距離が指数関数的に拡がってゆく。
以前よりも何倍も巨人に思えてきて、
遥か彼方にいる人物だということが分かってくる。

それでもジャズの理解がゆっくりと進んでいっている今は、
胸がときめくような、
なにか嬉しい気分なのである。
 

少し前の話になってしまったが、
真城めぐみ20周年記念イベント「マシロック」に、
「ひとりソウルスタイル」で出演してきた。
ノーナリーブス、ホフディラン、キリンジ、ジョンB&ザ・ドーナッツ、
堂島孝平君、レキシや小沢健二君まで参加して、
予想を上回る感動的なイベントになった。
イベントの最後に、
同じステージに小沢君と木暮と中森さんと鹿島さんと真城が立って演奏しているのを見て、
なにか記憶がフラッシュバックしたかのような、
変な感覚にとらわれて思わず笑ってしまった。
音楽を続けているとこういう「いい瞬間」があるのかと、
感慨深かった。
あの場を作った真城と彼女の仲間たちとお客さんに感謝したい。

「ひとりソウルツアー」の準備が続いていて、
連日ギター練習に明け暮れている。

先日久しぶりにスポーツスター883に乗った。
だいぶ乗っていなかったのでもう乗り方を忘れているかと思ったが、
バイクにまたがった瞬間全部思い出した。
街をほんの少し走っただけだったがやっぱり楽しい。
考えてみるとここのところずっと音楽漬けの毎日だから、
いい気分転換になった。

バイクは僕にとって窓のような存在だ。
たまには窓を開けて風を心に送って、
空気を入れ替えたほうがいい。







ひとりマルディグラ

今日も今年のひとりソウルショウの仕込み。
昨日のギターの話じゃないが、
ひとりソウルの機材も、
これまでいろんなセッティングを試してきたが、
ようやくいい形を見つけたと思う。
最初の頃に比べるとずいぶんシンプルで効率的になった。

ひとりソウルを始めてからギターへの関心がハンパなく高まり、
ギターを練習するようになって、
その練習の成果が現れ始めて、
ライブをするのがもっと楽しくなった。
今年は去年よりもまたすこしギターが上手くなっているから、
やれることがさらに広がっている気がする。

「ひとりソウル」は、
ぼくの中では「ひとりマルディグラ」みたいなもの。
「祭り」の出し物をどんなふうにするか。
僕の今年の総決算の仕込みは続く。




合う楽器

僕はどちらかというとなんでもあまり迷わずにすぐにこれと決めてしまう性格だが、
楽器に関しては考え過ぎる癖があるようだ。

ハーモニカはSUZUKIのManjiを愛用しているが、
これにたどり着くのにもかなりたくさんのハーモニカを買って吹いて試した。
迷いに迷ってある時やっぱり自分にはこれがぴったりだと実感して、
それ以来Manjiひとすじだ。

リゾネイターギターもいろいろを弾いたが、
ある時からほとんどNationalのStyle1ばかり弾くようになった。
自分の音楽にはこれがいちばん合っていると分かった。

最近弾き始めたフルアコギターは、
今は日本製のダキストJazz Lineを弾いていて、
おそらくこれだろうと思えるのだが、
迷いがまったく無いとは言えない。
ひょっとするともう少し自分に合ったものがあるのかもしれないし、
やっぱりこれなのかもしれない。

早く「これだ!」と分かる時が来るように、
Jazz Lineを弾きまくる毎日だ。



ダークなソロ

ジム・ホールの音楽は、
一度良さが分かると中毒性が強いというか、
どんどんハマってゆく。

アルバム”LIVE!"をきっかけに最初は70年代の彼の作品が好きだったが、
80年代以降もなかなか良かったりするし、
最初はあまりピンとこなかった60年代の作品も今は大好きだ。

トーンを絞ったダークなギターの音色が特徴的で、
これが聞くほどにクセになる。
そして名ギタリストの常だがピッキングがいい。
ギターを深く響かせるように、
一音一音を味わうように、
丁寧に弦を鳴らす。

このピッキングが、
やはりピッキングが特徴的なウエス・モンゴメリーとは対照的なダークな音色を、
生き生きとさせている。
ウエスのギターがチームの花形選手の4番バッターだとすれば、
ジム・ホールは詩的な佇まいの2番バッターという感じか。

彼は2000年以降も新作アルバムをリリースしているようだ。
長きに渡っていいアルバムを作り続けた彼のキャリアは驚くばかりだ。
短命な人が多いジャズミュージシャンの中で彼は現在80歳を越えて、
まだライブでジャズギターを弾いている。
少しエンジンがかかるのが遅くなったようだが、
それでもソロがノってくると相変わらずダークな音色で生き生きとしたフレーズを弾いている映像を見て感動した。




音楽の入り口

ひとりソウルツアーの内容を考える日。

そしてジャズギターの練習。

ジャズギターをどうやって弾くのかが少しずつ見えてきた。
いつも思うことなのだが、
なぜもっと以前にこういったジャズの基礎的なことを勉強しなかったのだろう。
僕にとってのジャズが、
「聴く音楽」から「遊んで楽しむ」音楽に変わって行きそうな気配がある。

以前少しジャズの理論書を読み始めて、
あのスケールの名前のややこしさに面食らって読むのを止めてしまった。
リディアン・スケールだとかミクソリディアン・スケールだとか、
フリジアン・ドミナント・スケールだとか、
ひとつひとつのスケールの名前がかなり取っ付きにくい。
テンションコードの表記のように、
数字を連ねて表現した方が分かりやすいと思うのだが。

それぞれのスケール名は難しいが、
実際のフレーズは、
過去に聞いたり作ったりしたことがある場合がけっこう多い。
ああこのフレーズがこんな難しい名前なのか、
と思うことがしばしばある。

それにしても音楽は深い。
いまだに音楽の入り口に立ったばかりのような気がする。


「ボケ」と「ジャズ」と「癖」

コヤブソニックが終わった。
まさに「笑い」と「音楽」の融合。
こんな不思議なフェスは、
コヤブ君という人が真ん中にいるから成立するのだろう。
今年もいろんな新しい人との出会いがあり、
内容の詰まった、
とても面白いフェスだった。

今年はライブの後、
千鳥さんと漫才をした。
やってみて思ったのは、
音楽と似ている部分があるということ。

特に「ボケ」はなにか音楽に似ている。
歌の「フェイク」とか、
ギターなどの「フレーズ」とかに似ている。

落語を見ていた時も思ったことだが、
ステージの上で演者がある種の声を発した瞬間に、
お客さんの注目を一気に集めるような場面がある。
それが「ボケ」とか「間」とか「フェイク」とか、
「うた」とか「フレーズ」などと言われるものに似ているのだ。

「ボケ」はジャズの即興にも少し似ている気がする。
そういえばジャズミュージシャンには、
山下洋輔さんとか梅津和時さんとか坂田明さんとか、
面白い人が多い。
あのマイルス・デイビスさえ、
自伝を読んでみるとどうやらちょっと面白い人のようだ。

ジャズは、
ある程度形式があってそこからプレイヤーが逸脱してゆく過程が僕は好きだ。
全部がフリーで即興のような演奏は、
どこからどこへ逸脱しているのか分からないので、
僕はあまり面白さを感じない。

決まり事は逸脱を演出するために、
音楽には多少でもあった方が面白い。

笑いの「ボケ」というのも、
ある決まり事からの「逸脱」なのかもしれない。

ポップスは構造的に決まり事が多く逸脱が少ない音楽だが、
それでもどこか「逸脱」している部分があるほうが面白い。
例えば歌の「癖」だったり。

千鳥さんの歌の「癖」というネタも、
実は歌の「癖」が強い人の方が、
リードボーカル向きなのである。
僕がこのことを打ち合わせのときに千鳥さんに言ったら、
「え?ほんまでっか?」と言っていたけれども(笑)。

例えば海外ならジェームス・ブラウン、ジョン・レノン、ボブ・ディラン、
日本なら忌野清志郎、井上陽水、松任谷由実、桑田佳祐など、
著名なボーカリストはみな、
強烈なほど「癖」の強い歌を歌う人ばかりである。
逆に「癖」のない、
上手いだけの歌は、
多くの人の耳や心に残らない。
「癖」なく上手く歌を歌うだけの人は、
リードボーカルとしては不向きなのだ。





無駄かもしれない面白いこと

カフェライブで宇都宮と高崎の街に行ってきた。
どちらの街もほぼ始めてに近い場所だったが満員御礼。
非常に盛り上がって楽しい時間を過ごせた。

自分の弾き語りの技術が少しずつ上がってきている気がする。
まるで新しいアーティストに生まれ変わっている気分だ。


ギターの練習を続けている。
最近は音楽の基礎の勉強をやり始めた。

僕は音楽の勉強をしたことがない。
ポップス、ロックは、好きで聴いて憶えた。
ジャズも好きで聴いていた。

しかし最近カントリーブルースやジャズギターをコピーしたりしているうちに、
基礎的なことを確認したくなってきた。

特にジャズギターは基礎的なことを知らないと先へ進めそうもない。
今になって勉強なんて遅すぎるし無駄かもしれないが、
音楽は無駄かもしれないことから何かに繋がってゆくことも結構あるのだ。
そもそも音楽自体が、
「無駄かもしれない面白いこと」じゃないか。





calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM