DIARY

ARABAKI ROCK FEST 2017

ARABAKI ROCK FEST 2017最高に面白かった!

 

オリジナル・ラブのライブの直前に、
東京スカパラダイスオーケストラのライブに飛び入りして、
10年以上ぶりに彼らと「めくれたオレンジ」を歌った。

 

 

 

ステージに出て行ったら、
その場全体のボルテージがマックスに達して、
からだがふわっと軽く感じられて何度もジャンプした。
一曲歌い終わっただけで全身汗だく。
熱狂的なステージを終えてすぐにオリジナル・ラブのライブに向かった。

 

会場に着くと、
ふくらはぎに痛みを感じた。
ジャンプし過ぎて筋肉を痛めたようだった。

しかしそのあとすぐオリジナル・ラブのライブが始まったら、
まったく痛みのことなど忘れていた。

 

 

 

一曲目からものすごいヒートアップして、
脳にアドレナリンが出まくった。
何度もジャンプしてステージを走り回り、
メンバーもお客さんも、もちろん僕自身も、
テンションはメーターのレッドゾーンにあった。
ものすごい盛り上がりのライブになった。

 

 

実は今回のオリジナル・ラブのアラバキライブには、
僕なりに対策を練っていたので、
ある程度の条件が整えば必ず会場全体のムードを持っていける自信はあった。
会場のお客さんたちがすごくいいムードだったので、
思っていた以上に素晴らしいライブになったと思う。

 

 

ちなみにアラバキであれほどジャンプできたのは
6年前から始めたチョビジョグをやっていたからだろう。
走れる日はなるべく毎日短い距離を走る。
とても地味なトレーニングだけど。
その効果は忘れたときに地味に発揮されている。

 

 

僕がライブが出来なくなる日まで、
地味な訓練を続けよう。
元来怠け者の僕には、
派手な訓練は出来なくても、
地味な訓練なら出来る可能性がある。

 

 

 

ARABAKI ROCK FEST 2017

ORIGINAL LOVE Set List

 

Body Fresher

Scandal

接吻

The Rover

Two Vibrations

Jampin' Jack Jive

 

 

 

 


神様の真似

ときどき自分に問うことは、
神様の真似をしていないか、
ということかな。

 

目的、理想を完璧に達成したい。
果てしなく強い人間になりたい。
神様のようになりたい。

 

僕は世界的なアスリートだったわけじゃないから、
分からないけど、
彼らはそういうことをやり遂げた人たちなのかな。
でも彼らもプロだからきっと、
不可能なことと可能なことを、
よく見極めていたんじゃないかな。


神様の真似をすることは、
自分を見失うことに似ているんじゃないかな。

 

もうだいぶ昔に読んだ本だけど、
シモーヌ・ヴェイユという人は、
神様のように振る舞うことによる苦痛と、
その危険性を、
「真空」という言葉で表現してたと思う。

 

神様の真似をしようとして、
心が「真空状態」になって、
その苦痛に耐えられなくなって、
心の真空の部分にドス黒い何かが入り込んでくると。

 

自分を超えてゆく超人になろうとするのはいいけど、

同時に、神様の真似をしてはいけないということ。

 

人間はあくまでも人間。
だから他にすること、
やれること、

やるべきことが、
きっとあるはずなんだよな。

 

でもそういうことはすぐに忘れてしまう。
いつのまにか神様の真似をしようとしてたりする。

 

 

 

 


月と火星

つい先ほどコンビニに飲み物を買いにいったとき、

ドーンパープルの空に、

細く暗いオレンジ色の三日月と火星がランデブーしていたので写真を撮った。

それがこれである。

 

 

 

実際に見た感じとだいぶ違う。

もっとほっそりした月が怪しいオレンジ色をしており、

とてもいい雰囲気を醸し出していたのだが、

スマフォのカメラだとこんなふうに味気なく写ってしまうんだな。

 

星がもう少しきれいに写るような、

ちゃんとしたカメラが欲しいなあ。

 

 

 

 

 

 

 


ものつくりのモード

 


僕の場合は、
ライブツアーが終わってしばらくは、
曲を作る気になれない。
曲を制作する感覚を忘れてしまっている。
なかなか曲を作る感覚が戻らないのだ。

 

ステージの上でたくさんのお客さんを前に歌い演奏し、
お客さんに満足してもらえるようなパフォーマンスをすることに全神経を集中させていると、
いつまでも一人っきりで楽器を弾いて、
コンピュータというカンバスに向かって、
あれこれ考えるという行為がどういうことなのか、
すっかり忘れてしまうんだよな。

 

ツアーが終わって一ヶ月近く経った最近、
ようやく自分のからだが曲作りのモードになった気がする。
毎日歌や楽器をレコーディングして、
毎日のように映画を見て歌詞を考えたりしている今は、
むしろライブのやり方を少し忘れかけている感じがする。

 

曲を作ることも「ものつくり」の一種なんだろう。
今の時代のように、
コンピュータで音を重ねたり、
自在に音色を塗り直したり、
歌を歌い直したりできるようになると、
なにか彫刻を作っているような
絵画を描いているような気がするときがある。

 

そういうことはけっこう楽しいものだと、
ようやく思い出してきて、
少しずつ一つずつこつこつと作業をするうちに、
曲の全体が立ち現れてきて、
やっといい曲が出来始めてきている。

 

 

 

 


スペンサー・ウイギンス

 

BAWDIESのROYくんに誘われてスペンサー・ウィギンスのライブへ。

ディープソウル歌手のライブは、

数年前に日比谷野音で見たソロモン・バーク以来。

いやー素晴らしかった!クロ過ぎた!

久しぶりにライブでめちゃ踊った。

 

スペンサーは今年75歳のおじいさん。

足を悪くしているようで、

歩くのは大変そうだったけど、

歌は正にディープでリズムはすごいグルーヴィーだった!

ディープソウル最高!

おじいちゃんになってもあんなにソウルフルに歌えるということは、

ソウルフルな歌は力任せではないということなんだよな。

なにしろ歌のリズム感が素晴らしかった。

 

ビートが目に見えるように分かっている人の歌だった。

歌が入る場所をときどき間違えていたけれど、

歌のリズムは極めて正確で、

一度も一瞬もズレたり狂ったりすることはなかった。

驚異的である。

 

老人になっても、

感覚は若いときと同じように働いているのだな。

ただ、からだが思うように動かなくなっているのだろう。

それでもあれほど深い歌が歌えるんだ。

リズムと歌の謎は深まった。

しかし非常に勉強になった。

行って良かったなー。

 

それから最初に数曲歌った彼の弟、Percy Wigginsも素晴らしかった。

そしてオルガンとベースが、

アル・グリーンやアンピープルズのバックで知られる、

Willie MitchellのHi Rhythm Sectionのメンバーである、

Hodges Brothersだったのがまた痺れた。

 

ショウの前にBAWDIESのメンバーとパチリ。

会場でDr.Kyonさんと小坂忠さんにもお会いした。

 

ROYくんは若いのにディープソウル系の黒人歌手にやたら詳しい。

スペンサー・ウイギンスはあまり知らなかったが、

アルバムを揃えることに決めた。

誘ってくれたROYくんに感謝!

 

 

 

 

 

 

 


飽きない趣味

(左 Guild F50 1973、右 Guild F50R 1977)

 

 

(左 Guild F50 2010、右 Guild F50R 2010)

 

 

ポール・マッカートニーならヴァイオリンベース、
ジミヘンなら右利き用を左利きで使うストラト。
などのように、
ミュージシャンの代名詞になるような楽器がある。

 

僕の場合はそれが、
ひょっとしたらGuildのF50なのかな、
と最近思っている。

 

愛用している1977年製のGuild F50Rは、
新宿の楽器屋で25年以上前に中古で手に入れたもの。
当時好きだったダン・ヒックスが弾いていたのを真似したのだ。
このF50Rでたくさんの曲を作った。
長い間ステージの上で弾き続け、
ボディのトップは割れ、
ブレイシングは剥がれ、
ヘッドとネックの付け根が折れ、
ネックにヒビが入り、
そのほかいろいろなところが壊れたので、
ケースにしまって何年か眠ることになった。

 

しかし最近またF50Rを弾いて曲を作りたくなってきたので、
去年思いきって大掛かりなリペアを行った。
修理に出して半年以上経ってようやく復活した。

 

久しぶりに弾いたF50Rは、
最初あまり鳴らなかったが、
弾いているうちにだんだん鳴りが戻ってきた。
そして凄くいいギターだったんだなと、
あらためてこのギターの魅力に気がついたんだ。

 

F50Rの代わりにライブでいろんなアコースティックギターを弾いていたが、
やっぱり自分にはこのギターがしっくりくるのだと思った。
でもこのギターをステージでまた酷使して、

もうこれ以上ダメージを負わせたくなくなった。

 

そこでヴィンテージではない、
新しいGuild F50Rを購入した。
往年のGuildとはだいぶ違う音色のギターだが、
決して悪いギターではない。
古いGuildの持ち味はかすかに残っている程度だが、
新しい魅力を備えた頑丈なギターだ。
このギターも気に入ってしまい、
ツアーで使うときのスペアにもう一本、
新しいF50を購入した。

 

GuildのF50は厳密にいうと2種類あって、

メイプル・アーチバックなのがF50。
ローズ・サイド・バックなのがF50Rである。

音がけっこう違う。

 

新しく買ったメイプル・アーチバックのF50もすっかり気に入ってしまって、
ついにこのギターのビンテージも欲しくなり、
1973年製のGuild F50を購入した。
ボビー・ウーマックが”Poet”と言うアルバムのジャケットで肩にしょっていたやつだ。

 

つまりF50シリーズだけで4本も所有するという、
ちょっとしたF50マニアになってしまった。
しかしギター屋の人に訊くと、
熱心なGuildマニアは日本にけっこういるらしい。

 

歳をとるほどに、
アコースティックギターに魅了されてゆく。
僕の周りのミュージシャンにもたくさんそういう人間がいる。

 

一生飽きることがない趣味って、

本当に存在するんだなあ。


 

 

 

 

 


ネコよ。

先日、古い友人の家に遊びに行った。
その家ではネコを飼っていた。
これがそのネコである。

 

 

僕が「これこれ」と言ってネコの頭を撫でてあげると、
猫は、僕がようやく手が届く距離にとどまって撫でてもらっている。
けれども決して僕にぴったりと身を寄せようとはしない。
そしてプイとどこかへ行ってしまった。

 

ネコは僕のことが気に入らなかったのかなと思って、
友達としゃべっていると、
いつの間にか僕が座っているソファの背もたれの上にネコが寝転がってぼんやりしていた。
僕の背後から忍び寄って、

僕の後頭部からずっと話を聞いていたのだ。

なので顎の下をなでてやったら少し気持ち良さそうな顔をして、
プイとどこかへ行ってしまった。

 

 

僕が友達としゃべっていると、
いつのまにかネコは僕のすぐ足下に寝転がっている。
でもネコは決して僕と目を合わそうとしない。

 

僕がネコの顔を見ようとしてもネコは顔を背ける。
しかし僕がそっぽを向くと僕を見てゆっくり近づいてくる。

 

こういうネコらしいかわいらしさは、
子供のころ犬を飼っていた自分にとっては分かりづらいものだったが、
今はとてもよく分かる。

 

犬は、人間の顔をひたすらじっと見て表情を観察するが、
ネコは、まともに目を合わすと威嚇していると解釈するのだそうな。

 

動物と暮らすのはいいものだと最近思う。
僕はもう長いこと亀を飼っているが、
亀は僕が自宅に帰ってくると、
くるっと顔をこちらに向けて僕の目を見て様子を伺う。
その様子を見て、なんだか犬みたいだなよく思うんだ。

 

 

 

 


プラネタリウム

このあいだ実家に帰ったとき、
おふくろと、
むかし渋谷駅前の東急文化会館にあったプラネタリウムに一緒に行ったことを話した。

 

僕が小学生の頃だったと思う。
天体ショーが始まってすぐ、
おふくろは寝てしまったらしい。
そう言っておふくろは笑った。

 

ぼくはおぼろげにそのとき見た景色を覚えている。
暗く青い宇宙空間の色と、
天空に針であけたような無数の小さな穴から漏れる白い光の星々。
ぼくはワクワクしていた。

 

小学生の頃、
家には全20巻の分厚い百科事典があって、
その中の宇宙天体観測の巻だけは何度も読み返した。
当時はハッブル宇宙望遠鏡も無い時代だから、
アンドロメダ銀河だってぼやけて写真に写っていた。
不思議な形をした衝突銀河や電波銀河、
ブラックホールの想像図などを、
飽きもせず、何度も見ていた。

その姿をおふくろは見ていて、
渋谷に一緒に買い物に行ったときに、
ぼくをプラネタリウムに誘ったのかもしれない。

 

今でも宇宙の新しい発見があるとワクワクする。

つい先日、

地球から4光年という非常に近い距離に、

地球によく似た惑星が発見されたときもときめいた。

 

ぼくの宮沢賢治好きは、
おそらくその頃のプラネタリウムに入ったときの嬉しさと、
繋がっている気がする。

 

今も日課の夜のジョギングの時、

なにげなく宇宙を見上げてぼんやりしてしまうのは、

あのときおふくろとプラネタリウムに入ったからなのではないか。

 

 

 

 


宮沢賢治生誕120年イーハトーブフェスティバル

宮沢賢治生誕120年イーハトーブフェスティバルに出演してきた。

 

 

ライブと宮沢賢治の詩の朗読をするという初めての試み。
膨大な賢治作品の中から何を読もうかとても迷った。
はじめは童話を読もうと思っていた。
僕が大好きな「ひかりの素足」か「十力の金剛石」から抜粋して読もうと思ったが、
分かりやすく文を抽出しようとすると時間が長くなるので、
詩を何編か読むことにした。
それでもどの詩を読むか長いこと迷って、

どうしていいか分からなくなった。
結局、詩集「春と修羅」の「序」から「春と修羅」までを読むことにした。

 

賢治の詩を人前で音読したことは無かった。
練習してみるとやはり難しく、
つっかえてばかりいて、
うまく行くか不安だった。

 

賢治の詩を読んでいるうちに、
30年前に僕が大学に入ったばかりのときに作った曲を歌いたくなった。
稚拙だけれども、
シュールさにおいて最近の曲よりも賢治の世界に合いそうに思えたから。

 

 

前日の夜に花巻市童話村の開場に入って21時過ぎからリハーサルを開始した。
真っ暗の山の中のステージは幻想的で、
恐ろしいようなワクワクするような感じがした。

 

ギターを弾いて歌いだした瞬間、
音が周りの山に響き渡った。
すごく気持ちよい音だった。
澄んだ美しいエコーだった。

 

詩の朗読のリハーサルでは、
夜の山に響く賢治の言葉が、
生々しく迫ってくるようだった。
ライブは夕方やることになっていたが、
真夜中にやりたいと思った。

 

 

ライブ当日会場に来てみると、
前日の夜の幻想的な景色から一転して、
木々に穏やかな陽が差し込み、
森を抜けてきた風は涼しく、
会場一帯は子供さんからご年配の老若男女の方がたくさん歩いていて、
ほのぼのとした雰囲気だった。
蝉の声もどことなく気が抜けているように感じられた。

 

 

少し時間があったので、
会場内にある花巻博物館で縄文土器などを見た。
有名な縄文遮光器土偶。
だいたい同じような顔をしてるのが不思議だ。
当時崇めていた神様の顔なのか。
宇宙人の顔ではないかとも言われてるが、
バッタかトンボの顔のように見える。
もしかしたら縄文人たちは、
コオロギを神様だと思って崇めていたのかもしれない。

 

お客さんは会場の席をいっぱいに埋め尽くしていた。
夕方といえどもまだ陽がある時間なので、
音への意識が少し散漫になるかなと思ったが、
ライブが始まって歌った瞬間、今日はイケると思った。
前日の夜と同じく、
うっすらと山に木霊するギターの音と歌が澄み渡って聞こえた。
一瞬で僕は歌の世界に入れた。
お客さんもみなじっと聞き入ってくれた。
歌詞一つ一つが青空と雲と森とお客さんにリンクするようだった。
曲が終わるごとに大きな拍手。
集中を乱すものは何も無かった。

 

この日演奏した「瑪瑙の皮膚」は、
大学一年のときにサークルのライブで一度だけ演奏した未発表曲。
現代詩をよく読んでいた頃の曲で、
自分の曲の世界から賢治の詩の世界への架け橋になると思って選んだ。

 

賢治の詩の朗読は、
場の雰囲気の助けが強く働いた。
まだ陽が陰る前の夕方にもかかわらず、
時に難解で抽象的な言葉は、
様々な情熱のメタファーとなり、
花巻の森に集まる人々に響いてゆく気がした。

 

ライブは後半に入って白熱し、
大いに盛り上がって終わった。
賢治さんを感じながら歌うことができた。
とてもすばらしい時間だった。
お集まりいただいた皆さん本当にありがとうございました!

 

花巻では宮沢賢治のことを賢治さんという。
花巻には宮沢賢治の存在感が濃厚にある。
いつか岡本敏子さんが、
「太郎さんはね、生きているのよ」って言ってたいたけれど、
賢治さんも花巻に生きている気がする。
ライブで歌っている時もずっと、
こいつは何者だという感じで、
木の陰から賢治さんが会場とステージを見ている気がした。

 

 

 

イーハトーブフェスティバル2016
田島貴男 弾き語りと詩の朗読
セットリスト


月の裏で会いましょう
青空の向こうから
オレンジ・メカニック・スーサイド
瑪瑙の皮膚(未発表曲)

 

 

詩集「春と修羅」より朗読

 


屈折率
くらかけの雪
日輪と太市
丘の幻惑
カーバイト倉庫
コバルト山地
ぬすびと
恋と病熱
春と修羅

 

 

プライマル
接吻
朝日のあたる道
フリーライド

 

 

 


オリジナル・ラブ初期4タイトル、アナログで発売







オリジナル・ラブ初期4枚のアルバムが、
アナログレコードになって8月31日に発売される。
出来上がってきたLove Love & Loveのアナログレコードを聴いて、
恥ずかしながら感動した。
当時と全然違って聴こえる。
パンクニューウェーヴの影響が垣間見れる最後の時期。
当時のインディーロックのメジャーデビューアルバム。
25歳のオレ頑張ってる(笑)。

オリジナル・ラブのメジャーデビューアルバムLove Love & Loveは、
発売された1991年当時、
自分の実力の無さに不甲斐ない気持ちもあったが、
いま聴くとそれが返ってインディーロックの手作り感があって、
かっこよく聴こえる。
当時のストリートミュージックの香りがする。

プロデューサーを立てず、
自分達だけで作ったアルバムだからそうなったのか。
今聴くとスタイルカウンシルみたいに聴こえるけれど、
当時は全く意識してなかった。

もちろん、ペイル・ファウンテンズ、アズテック・カメラ、モノクローム・セット、
エドウィン・コリンズ率いるオレンジ・ジュース、キュアー、エコー・アンド・ザ・バニーメン、
ジョー・ジャクソン、スペシャルAKAなどの音楽は知っていたけれども、
それはもう少し前の時期。
このアルバムを作っている頃は昔のソウルやジャズに憧れていた。
頭の中には昔のソウルミュージックやジャズが鳴ってたけど、
技術が追っ付いてなくて、
そうなれなくて、
それが結果的に、
UKロックみたなサウンドになっていた感じといったところか。

そしてこのLove Love & Loveは、
パンクニューウェーヴの影響下から、
ヒップホップなどクラブダンスミュージックへ、
興味が移行してゆく時期にあるアルバム。
いま聴き返すとそれがよく分かるなあ。

アナログレコードだからか、
自分の作ったアルバムをあまり聞かなかったからか、
色々新鮮で面白い。
皆さん、
今こそこのアルバムを聴いてみてほしいです!




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