DIARY

郡山にて

郡山に行ってきた。
アルバム制作が終わったらすぐに行こうと思っていた。
数年前に亡くなった親友の墓参りに行った。
親友の墓石は地震で揺れて、
前方に少しずれたところで止まっていた。
墓地の墓石はたくさん倒れて、
親類の方々が立て直したが、
石造りの柵や装飾類などは、
あちこちにまだ倒れてバラバラのままになっていた。
瓦屋根が落っこちて家の前に瓦礫のままになっているところがあったり、
震災から3ヶ月近く経とうとしている今もまだ爪痕が残っていた。

81歳で幼稚園の園長をしている親友のお父さんに会った。
81歳には見えないほど若々しく、冗談も面白い。
「私は15歳で戦後を経験し、
今回の震災で復興は二度目だ。
戦後はなんとか復興できたけれど、
今回はそれより難しいかもな。」
と言ってワッハッハと笑った。
年輪を感じさせる、
おおらかで逞しい男。
様々な箇所をガイガーカウンターで毎日調べ、
原発の情報を集めてファイルし、
父兄に説明する毎日だという。
校庭の表土は除去され、
隅の方に盛られカバーがかけられていた。
天気のいい日曜日も外で遊んでいる子供達の姿はほとんどなく、
郡山の各小学校平均10パーセントの子供達が転校したらしい。

レッドカーテンのドラマーの家にお邪魔した。
子供が5人いて、
泥遊びを一番したがる頃の子もいるからかなり賑やかで楽しい。
「子供達を外で遊ばせる気には全然なれないよ。
PTAの会長を5年やってやっとやり終えたのに、
今また仕事以外に父兄達とやることがあっていろいろ忙しいよ。」
最近やっと夜中にドラムの練習を再開したが、
なかなか音楽をやれる状態ではなかったようだ。

少年時代によく出演したライブハウス、
「フリーウェイジャム」に約30年ぶりに立ち寄った。
店の入り口にいたママは、
アポ無しで行ったのにもかかわらず、
私を一目見て気がついてくれた。
まるで30年前から会話が続いているかのように話し込んだ。
「地震で店とか家とかいろいろ壊れたけど、
あたしの心は壊れてないから。」
さすがに郡山で35年ライブハウスを続けてきただけある。

郡山は今も異常事態の中にある。
郡山をあのような状態にした原発に強い憤りを感じる。
しかし郡山の人たちの中に、
ある種の、心意気を見せてやろうじゃないか、
というような気概が生まれていることも感じた。
戦いの中にいる彼らにパワーをもらって、
すっかり元気になって東京に帰ってきた。






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