DIARY

2008.12.19(金)

オレニュースの3日目、インド、デリーの小学校から去るとき、校長室でシ
ョウガ入りのチャイと肉の天ぷらみたいな食べ物をいただいた。両方とも抜群
に美味かった。あのチャイの味を日本で再現できないのが口惜しい。スパイス
の配合を訊いてメモっておけば良かった。
ゼロを発見したインドの数学者、アリヤバータの絵は今ぼくの部屋に飾られ
ている。その絵をぼくにと譲ってくれた女性は教頭先生のような役割の先生で、
カメラ片手のぼくたちが学校を歩き回るあいだ、珍しがって興味本位で付いて
くる可愛らしい子供達を厳しい目でにらんで、あっちへ行きなさいと叱ってい
た。その叱り方が、なにかとても気高いようなところがあって、決して隙を見
せないような感じの人なのだが、恐らく本当はとても優しい女性であることが、
時折見せる微笑みだとか、彼女の仕草のそこかしこにうかがえた。味のあると
ても魅力的な、印象的な先生だった。
その後、インド人のパワーが炸裂した街、オールドデリーの楽器屋に行き、
まったく買うつもりのなかったシタールを買ってしまった。1960年代のイ
ンドに来てシタールにはまってシタール奏者に弟子入りまでしたジョージ・ハ
リソンのビートルズの中での役割を、ジョンとポールよりももっと楽器弾き的
な、よりミュージシャン的な志向をしていたんだなあと想像する。
インドは楽器も食べ物も街の造りも衣装もあっさりしたものがない。なにか
すべてがごちゃ混ぜになったような、すべてが装飾的な感じ、すべてがカレー
的だ。シタールもなにか装飾的な、なんとなくカレー的な楽器だ。ボディはお
ろか、ネックも空洞になっているし、ヘッドにお椀のようなものがくっつけて
あったりして、音を響かせる空間がこれでもかというくらいいっぱいある。そ
してすごくいっぱいの弦が張ってある。ふつうのギターのように張られている
弦の下に、細かく何本もいっぱい張ってある弦があるのだが、実際にメロディ
を演奏する弦はほとんど一本、というか一束の弦、だけなのである。その他の
弦はすべて共鳴用の弦だ。一つの音を弾くと他のいっぱいの弦が共鳴し、ジュ
ワーンと倍音を含んだ派手なきらびやかな音色を発する。いかに共鳴音を鳴ら
すかに一生懸命こだわった楽器だ。そしてチョーキングビブラートを多用し、
神に捧げられる複雑な旋律、ラーガを官能的に即興演奏する。インドは神様に
敬虔な態度を取ることと官能的であることが矛盾せず、むしろ一致しているよ
うに思える。





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