DIARY

2009.1.6(火)  

昨日録画しておいて楽しみにしていた吉本隆明さんのテレビ番組を観た。去
年の夏に見に行った「芸術言語論その一」、3時間以上に渡る講演の後半、吉
本さんの声がぼそぼそになってしまってよく聞き取れなかった部分が、マイク
を通してクリアに録音されていて、あの状態でも吉本さんはさらに興味深い話
をしようとしていたことが分かった。講演の後半、声はかすれてだんだんと小
さくなっていったけれど、話の内容はしっかりしたものだったんだな。講演の
最後のほうの、途切れ途切れに聴こえた吉本さんの言葉がかえって、吉本さん
の自己表出を目の当たりにしているような感じで、まるで舞台かコンサートを
観たように感動したのだけれど、その部分がちゃんと番組に記録されていて、
もう一回感動した。吉本さんの考えてきたことをあれほど分かりやすく伝えよ
うとした番組があったかな。
ぼくは19歳でオリジナル・ラヴの前身となるバンドを始めてから、オリジ
ナル・ラヴのやっている音楽は、「ポップス」なんだと言ってきた。その「ポ
ップス」という言葉は、ぼくとしてはなにか舌足らずな感じで、もう少し別の
意味を含ませた「ポップス」なんだけどなあとずっと思ってきていた。それは
もちろんヒットチャートを駆け上がろうとする「ポップス」なのだけれども、
いわゆる売れ線の、ヒットチャートだけの為に作られた「ポップス」ではなく
て、時を経ても色あせないと言ったらいいのか、音楽的に深いと言ったらいい
のか、あるジャンルの中だけで成立する良さではなく、ジャンルを取っ払って
その音楽自体として面白さが分かるようなと言ったらいいのか、上手く言えな
いのだけれども、なにかそういう意味合い、質感、を含ませた「ポップス」だ
った。今だったら「普遍的な音楽」だとか、「芸術的なポップス」とあからさ
まに言えそうなところなのかもしれないけれど、でもまだやっぱり言いきれな
い感じがあるかな。ましてオリジナル・ラヴを始めた頃の20年前はまだ自信
がなかったし、芸術のことがよく分からなかったし、なにか今よりもさらに「
芸術的な」とはっきり言えないような雰囲気だった。それにぼくの目指す音楽
は、「いかにも芸術やってます」というような、「自分のやっていることは特
別で素晴らしいことなんだと故意にアピールするような音楽」ではなかった。
もっとありふれた、誰もが共感できる、欲を言えば音楽をとくに趣味としてこ
なかった人にも「あれっ?」と思ってくれるような音楽だった。具体的に言う
と、ビートルズや、バート・バカラックやエルヴィス・プレスリーやセックス
・ピストルズのような音楽だった。
今日の吉本さんの番組を見て、芸術とは、自己表出と自己表出が出会うこと
であって、従ってその自己表出は普遍性を持ったものであり、その価値はお金
に換えられるような価値とは違う価値があるのだ、とおっしゃっているのを観
て、ぼくがずっと言い倦ねてとりあえず使っていた「ポップス」という言葉の、
曖昧ですっきりしない部分、でも触れようとして手をのばしてきた部分を、鮮
やかに表現していただいたような気がしたんだな。

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