DIARY

命日

死は誰にでもやってくる。
袋小路に入った寂しさに襲われる。
原因はいろいろあるだろうけれど、
やがて誰にでもやってくる。
特別な原因があろうと、
特別でない原因があろうとやってくる。
「死」はのっぺらぼうで、「個性ある顔」もない。
「死」には「外側」も「内側」もない。
「特別な死」とか、「特別じゃない死」の差は、
「死」そのものにおいては存在しない。
「死」は「生」の地点からイメージして「ゼロ」であるように思えるならば、
「特別」という言葉に「死」を掛けても「ゼロ」になる。
なにを掛けても「ゼロ」になる。
ならば誰かの「死」を「鏡」として、
自分の「命」を映してみることだってできるかもしれない。
「死」という共通の「鏡」に自分の「命」を映したら、
「美しいもの」をいっぱい見たくなった。
「きらきら輝く海」とか「広大な草原」とか....。





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