DIARY

2010.1.29(金) 

iPadが出たね。またやられたなあ。
iPhoneは買ってないけれど、これは買ってしまいそうだな。
ドラえもんのポケットから出てきそうな製品だな。
本も読めるしネットもできて音楽も聴ける。
ぼくの場合だと、音楽制作以外のコンピューター仕事は、
だいたいこれで事足りてしまいそうだ。
タッチパネル式のコンピューターが出るだろうと言われていたけれど、
こんなに洗練されたものだとは思わなかった。

音楽を聴くときはネットにつながったコンピューターに、
イヤホンやスピーカーをつなげて聴くのがふつうになった。
録音されたほとんどすべての音楽が、コンピュータの中に、
ネットの中に、すっぽりと入って収まってしまったことがやっとイメージできたのは、
去年のことだった。
録音音楽産業全体の形が変わったんだと、やっとイメージできるようになってきたんだ。
新しく録音された音楽がコンピューターの外に出ることは、
これから先かなり当分の間もうないように思える。
でもだからといって音楽の楽しさそのものがなくなったり極端に変形したりするとは、
言い切れないように思えるんだ。

音楽制作の現場では、録音される媒体はアナログテープからデジタルテープに変わり、
いまはコンピューターのハードディスクになったけれど、
録音するときに使われるマイクやヘッドアンプは、
1970年代製のものがいまだによく使われている。

媒体がハードディスクになったことによって、
録音された音楽は極めてエディットしやすいものになったけれど、
エディットしまくった音楽が面白い音楽じゃないことにも、みんなが気がつき始めた。
論理的に制御され構築された音楽のルールから、「はみ出た部分」、
音楽が人力で演奏されることによっていつの間にか奏でられている、
「ノイズ」みたいな、「分けの分からない部分」こそが面白いんだ。
歌は言葉とくっついているけれども、
言葉やロジックやそれらの意味とか価値には置き換えられない、
バイブレーションの芸術なんだ。

音楽はただ聴いて、メッセージを聴いて味わい楽しむのがすべてじゃない。
音楽は楽器を触って遊ぶ楽しさから始まるものでもあるんだ。
音楽は聴くものでもあるけれども、プレイするものでもあるんだ。
とくにロックという音楽はそうなんだと思う。
ドラムやギターやベースを、
ものすごい大音量で演奏することによって得られる、
言いようのない開放感!
そういった音楽のもともとの面白さが、
録音音楽がコンピューターに収まってしまったことによって、
極端に変形はしないような気が、今はしている。

でもやっぱり、以前までの音楽の在り方とは、
すこし違ったものになるようにも思えるんだよな。



関連する記事

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< April 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM