DIARY

ツイッターは情報コンプレッサーなのだろうか。

ツイッターってディストーションとかコンプレッサーに似ていやしないかな。
情報の量と速度を音波に変換してみると、
近頃その波形は徐々に羊羹みたいに塗り潰されていってやしないか。
小さい情報が増幅され大きい情報は頭打ちになって、
ラウドだけれども全体としてはダイナミクスに欠けた情報の流れになってやしないかな。
ツイッターは使い方が様々であるし、
フォローしている人の数にもよると思うのだけれども、
いっぱいフォローしてタイムラインが情報で渋滞しているような人は、
そんな感じになってやしないのかな。

新聞がクラシック音楽のようなものだとしたら、
ツイッターはロックのような情報ラウド趣向の人向けなんじゃないのかな。

情報の量と速度がもっと増えて目一杯になると、
人々は情報の価値を見失ってなってゆきやしないかな。
情報に食傷気味になるというか、
情報に面白味を感じなくなってゆくというか、
情報が安っぽいものに見えてくるというか。

ロック、ポップスがどんどんトータルコンプを強くかけていったことによって、
ミュージシャンが奏でるダイナミクスが失われていったように。
ロック、ポップスがそういう道を辿っていったように。

でもその流れは変わることだってあるかもしれない。

昔、ぼくがオリジナル・ラヴでデビューした頃、
ミックスダウンの作業において、
すべての楽器になにがなんでもリバーブをかける、
というスタイルがスタンダードだった。
スネアドラムを叩けばバァーンとサスティンの長い音がする、
というのが標準だった。
80年代はそういう過度にエコーをかけたミックスが標準になっていた。

ぼくは70年代のソウルミュージックのレコードのように、
リズムをグルーヴさせたかったから、
ドラムはノンリバーブで、スネアにはミュ−トをつけ、
ボーカルもドライにしたかった。
スティーブ・リリー・ホワイトがやるような、
スネアにルームエコーをかけてゲートで切ったりするようなことは禁止にしたかった。
しかし、スネアドラムやボーカルのリバーブを外すことはタブーのようになっていて、
なかなかエンジニアを説得することは難しかった。
それが数年後には80年代的な過度にエコーがかかっているミックスは、
もう流行らなくなっていた。
90年代はドライなミックスが流行っていたように思う。

過剰さはいつか人々に気づかれて蕩尽される、みたいなことを、
ずっと以前、栗本慎一郎さんの本かなんかで読んだ記憶がある。





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