DIARY

「ボケ」と「ジャズ」と「癖」

コヤブソニックが終わった。
まさに「笑い」と「音楽」の融合。
こんな不思議なフェスは、
コヤブ君という人が真ん中にいるから成立するのだろう。
今年もいろんな新しい人との出会いがあり、
内容の詰まった、
とても面白いフェスだった。

今年はライブの後、
千鳥さんと漫才をした。
やってみて思ったのは、
音楽と似ている部分があるということ。

特に「ボケ」はなにか音楽に似ている。
歌の「フェイク」とか、
ギターなどの「フレーズ」とかに似ている。

落語を見ていた時も思ったことだが、
ステージの上で演者がある種の声を発した瞬間に、
お客さんの注目を一気に集めるような場面がある。
それが「ボケ」とか「間」とか「フェイク」とか、
「うた」とか「フレーズ」などと言われるものに似ているのだ。

「ボケ」はジャズの即興にも少し似ている気がする。
そういえばジャズミュージシャンには、
山下洋輔さんとか梅津和時さんとか坂田明さんとか、
面白い人が多い。
あのマイルス・デイビスさえ、
自伝を読んでみるとどうやらちょっと面白い人のようだ。

ジャズは、
ある程度形式があってそこからプレイヤーが逸脱してゆく過程が僕は好きだ。
全部がフリーで即興のような演奏は、
どこからどこへ逸脱しているのか分からないので、
僕はあまり面白さを感じない。

決まり事は逸脱を演出するために、
音楽には多少でもあった方が面白い。

笑いの「ボケ」というのも、
ある決まり事からの「逸脱」なのかもしれない。

ポップスは構造的に決まり事が多く逸脱が少ない音楽だが、
それでもどこか「逸脱」している部分があるほうが面白い。
例えば歌の「癖」だったり。

千鳥さんの歌の「癖」というネタも、
実は歌の「癖」が強い人の方が、
リードボーカル向きなのである。
僕がこのことを打ち合わせのときに千鳥さんに言ったら、
「え?ほんまでっか?」と言っていたけれども(笑)。

例えば海外ならジェームス・ブラウン、ジョン・レノン、ボブ・ディラン、
日本なら忌野清志郎、井上陽水、松任谷由実、桑田佳祐など、
著名なボーカリストはみな、
強烈なほど「癖」の強い歌を歌う人ばかりである。
逆に「癖」のない、
上手いだけの歌は、
多くの人の耳や心に残らない。
「癖」なく上手く歌を歌うだけの人は、
リードボーカルとしては不向きなのだ。






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