DIARY

松本のライブ、太宰と芭蕉

松本アルモーニビアン「Symphonize」に出演してきた。
なんとなく静かにじっくり歌を聴く弾き語りの会だと予想して、
2週間ギターと歌をばっちり練習し、いざ会場入りすると、
お酒が入っているお客さんたちはすでに大盛り上がり。
すごいテンションで迎えられ大騒ぎだった。

歓迎されるのは嬉しいので、
予定していたギターも歌も方針変更し、
一気にアッパーな展開になり、
曲もその場で変更。
お客さんと踊ったり大合唱したりのお祭り騒ぎになった。

2週間の地道な練習はまったく無駄になったが、
これがライブというものだろう。
予想は外れて当たり前。
短く太い時間を走り抜けた楽しいライブだった。


Kindleで太宰治の本が0円だったのでいくつかダウンロード。
「もの思う葦」を30年ぶりに読む。
高校一年の頃に読んだ時と印象がそれほど変わらず、面白い。
やっぱり太宰は一筋縄でいかない、相当な男だ。
人間通と言うか、
幸か不幸か、
いろんなことを見抜く目を持っていたのだろう。
少々混乱気味の今の日本に、
彼のような視線は必要な気がする。

「もの思う葦」に、
芭蕉が51歳で亡くなったことを知って驚いたという島崎藤村の文がある。

「老人だ、老人だ、と少年時代から思い込んでいた芭蕉に対する自分の考え方を変えなければ成らなくなって来た。(中略)『四十くらいのときに、芭蕉はもう翁という気分で居たんだね』と馬場君も言っていた。(中略)兎に角、私の心の驚きは今日まで自分の胸に描いて来た芭蕉の心像を十年も二十年も若くした。云々。」

ぼくも藤村と同じく、芭蕉は70か80くらいまで生きたような気がしていた。
「おくのほそ道」は自分とほぼ同い年の男が書いた文ということになる。
なにを彼はそんなに老人ぶっていたのだろうと、
本棚の奥の方から昔読んだ「おくのほそ道」を引っ張りだして読み始めた。
やはりすごい完成度、成熟度だ。
さすが歴史に残るだけのことはある。
しかし芭蕉は特に老人ぶっていたわけではないようだ。
むしろエネルギッシュな人だったのだろう。
さらに、今読むとぼくと同い年の感性かも、
と思える箇所もうかがえる。

古典は案外、歳を取ってから読むとまた面白い。





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