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肺魚の時代から

ジョギングを始めてあと一ヶ月で一年になる。
近頃やっとジョギングも腹式呼吸が良いことが分かった。

歌もハーモニカも腹式呼吸が基本だ。
これがなかなか難しい。
頭で分かっていても身体が言うことを聞いてくれない。

腹式呼吸は胸式呼吸よりも息をたくさん吸い込むことができる。
ハーモニカは腹式呼吸ができないと、
ほぼなにも演奏できないと言っていい。

あなたが10分間ほど身体をベッドに横たえて、
眠るか眠らないかの状態にあるときの呼吸が、
腹式呼吸だ。
腹式呼吸をしばらく続けると、
気持ちも身体も落ち着いてくる。

腹式呼吸は息を吸うよりも吐く方に意識を持っていった方がよいのだそうだ。
力んだ歌い方は、
息の吸い込みが足りていないことが原因である場合が多い。
息がちゃんと吸えていないのは、
息をちゃんと吐ききれてないからである場合が多い。

息が上がるのは、
動揺して胸式呼吸をくりかえし、
息の吐き吸いのタイミングが短くなって、
呼吸量が少なくなるなるからだ。
腹式で息を吐くことに意識を持ってゆくと、
たくさん息が吸えて、
呼吸のリズムが安定してゆく。

ジョギングは腹式呼吸の練習にもってこいであることに気がついた。
胸式で呼吸するよりも圧倒的に疲れない。

人間を含め陸上動物は胸式呼吸よりも腹式呼吸を古くからやっていたのではないか。
古代魚が浮き袋を肺に進化させて陸に上がったとき、
呼吸方式は腹式だったのではないかとぼくは推理してみるんだ。




ポップスとミステリー

久しぶりに寄席に行ってきた。
柳家喬太郎が主任で噺は「抜け雀」。
何度も聞いた噺だが、
喬太郎だからこそ新しい噺として堪能できた。
なんだかますます上手くなっているような気がした。
やっぱり喬太郎は抜きん出てるというか、
あらためてすごいと思った。
綾小路きみまろと柳家喬太郎の異種格闘技会というのも見てみたいなあ。


ビートルズの「カムトゥギャザー」のAメロが、
サンハウスのデスレターのギターリフと一緒だということに気付いた。
ジョンもサンハウスを聞いてたのだろうか。

「カムトゥギャザーの、
意味がありそうでなさそうな歌詞も最高だ。
それに比べて今のポップスは意味が満ち溢れすぎ。
分かりやす過ぎ。
癒しとか救いとか泣けるとか、
音楽が目的化されているというか。
カムトゥギャザーみたいな、
分けもなくクールな音楽はそこからは出てこないわな。

しかし意味がありそうでなさそうな歌詞の曲っていうのは、
名作になるか、
世間から無視される駄作になるかの瀬戸際に存在しとるな。
しかしそれは意味が明白な歌詞の曲でも同じことか。」

仕事前にツイッターでそうツイートして、
仕事を終えてタイムラインを覗いてみると、
たくさんの方からメンションが入っていてびっくりした。

これはぼくだけが思っていることではなくて、
かなり多くの人がそう思っているようだ。
多くの人がそう思っているのに、
ポップスの制作の現場はそうなっていないようだ。
ポップスの現場は目的や意味から曲を作ることに固執しているようだ。

これは最近の日本のポップスに限ったことではなくて、
洋楽にもそういう傾向があるように思える。

分かりにくい音楽を分かろうとする姿勢は、
ここのところ音楽制作側にもリスナー側にも共に乏しい感じがするなあ。
音楽のほうからリスナーを分からせてあげるものでないと、
今っぽくないムードさえある。

そういえばJazzはリスナーの方から分かってやろうという意思がないと、
分からない音楽だった。

ポップスが分かりやすい音楽であることが悪いわけではないけれど、
分かりやすいポップスだけが価値あるものだとしてもてはやされ続ければ、
あらかじめストーリーを知らされてから探偵映画を見ないと気がすまない人々ばかりになって、
ポップスはミステリーとスリルを失ってしまうんじゃないの?




ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ

ジョン・ル・カレ原作のスパイ映画、
「裏切りのサーカス」を見てきた。
元MI6だったという、
つまり本物のスパイだったという作家ル・カレの作品。
007シリーズとは対極のリアルな本格的スパイ映画。
カーチェイスなどハリウッド的な派手なアクションは一切ないが、
取り巻かれた謎を紐解いてゆく主人公がクール。
その過程での神経戦、頭脳戦が素晴らしい。
ストーリーが複雑で一回見ただけではよく分からなかったところもあるが、
充分にサスペンスを堪能できた。
面白かった!
是非もう一回見たい。
監督は「ぼくのエリ 200歳の少女」のトーマス・アルフレッドソン。
「ぼくのエリ〜」も詩情あるいいドラキュラ映画だったが、
この作品でこの監督はさらに注目されるだろうな。
主演のゲイリー・オールドマンの抑えが利いた演技が最高。
キャスティングも衣装も素晴らしかった。
唯一残念なのが、
「ティンカー(鋳掛け屋)、テイラー(仕立て屋)、ソルジャー(兵隊)、スパイ」
というクールな原題が、
「裏切りのスパイ」という陳腐な邦題になってしまったことかな。



肉体的な機器

新しい機材、
アナログミキサーのマイダスベニスをいろいろいじくって、
どう使うかを考えてたら、
7、8時間などあっというまに経つ。

やっぱりアナログの卓はいいなあ。
音の形が鮮明に見える。
リバーブの残響がわずかでもよく聞こえる。
いろいろツマミを動かして、
音を身体で操作しながら音楽を作ることができる。
アナログミキサーは楽器の一種として操作する感覚がある。
コンピューター内のミックスはそういう感覚が一切ない。
アナログミキサーは肉体的な機器だ。
だからいじっているだけでもどこか楽しいんだな。

本当は見たい映画とかもあって、
ふらっと映画観へでも行きたいのだが、
なかなか時間が取れないなあ。




いい加減に走ってみれば。

新しいミキサー、マイダスベニスF16がきた。
軽くイベントのリハーサルをしてセッティングに取りかかる。
今までよりもいい音が出ている気がする。
音質の上と下がのびて、パンチ力も加わった感じ。
まだ機能がよく分かっていないが、
新しい相棒として使い倒す機器になりそうだ。

5月という月は、
季節の変わり目で気温が急激に温かくなって、
その変化に順応しようとして、
いつの間にか身体が活動していたりするのだろうか。
ずいぶん眠くなる今日この頃。
今夜はジョギングをよっぽどサボろうかと思ったが、
すごくいい加減に走ってやろうと思って外に出た。
チンタラと走り終えれば、
雨上がりの夜風がひんやりとしてなんとも気持ちがいい。
今夜も走れてよかったなあ。




聖徳太子

りんご音楽祭のリハをすこしずつ始める。
久しぶりのイベントライブだからとても楽しみ。
しばらくずっと曲作りモードだったので、
ライブモードの体を作り始めるように、
ギターを弾き歌い始める。

それと同時に引き続き新しい曲も作る。

ライブのリハーサルと曲作りの同時進行はぼくにとって難しい。
二つのことを要領よく集中してやるのは難しい。
ジョギングを毎日継続してやるよりも難しい。
聖徳太子みたいに同時にいくつかのことをやれるようになりたいと、
ずっと昔から思ってきた。
今度こそ聖徳太子に挑戦してみるか。





曲を作る道具

ここ二ヶ月は順調に曲を書き続けられた。
20代の頃のペースに戻ったみたいだ。
調子に乗っているみたいだからもう一曲書いてみようか。
今回はコンピューターのキーボードとマウスをあまり触らずに、
リズムマシンやサンプラーやシンセやギターをいじりながら作ったのが、
この好調の原因か。
コンピューターをたよりに曲を作ると、
楽器をいじり倒す楽しさ、
使いこなす喜びがないから、
発想の視野が狭まるような感じになり、
眠くなることがよくあるし、
だらだらして結局疲れてしまったりする。
ギターはもちろんのこと、
リズムマシンやサンプラーなどを使って曲を作ると、
いつも手や頭や身体を動かさなければならず、
慣れるまで手間取るけれども慣れてくると、
ツマミやスイッチを操作する楽しさがあって、
それがいい刺激になってアイデアが浮かんだりする。
最近のマシンは良く出来ていて、
いじって使いこなして曲作りが楽しくなるように、
ちゃんと考えられている。

コンピューターのマウスとキーボードは、
文章を書く道具としてはなかなかいいが、
音楽を作る道具としては、
貧弱なんだよな。





ぶっ続け

昨日の昼に作業を始めて、
バラバラだったアイデアが一つの方向にまとまって突き進み始め、
夜にいったん仕事を終えたが夜中にさらに閃いてアトリエに戻り、
それを形にしてさっきまでかかった。
どうしてもアイデアを忘れないうちに形にしたいときがたまにある。
小さなバラバラのアイデアが突然一つの方向にまとまって、
嵐のように曲が出来上がる。
昨日から今日がそういう時だった。
書いたことのない新しいタイプの曲ができた。
いくつになっても新しく変化できるんだな。
曲作りはたまにこういうことがあるから面白い。





思わぬ方向

謎の曲ができた。
おれよりもレディーガガかマドンナが歌った方がいい感じの曲だ。
なんだこれは。
こんな曲を作るはずではなかったが、なかなかいい曲だ。
だがボツかな。
それとも作り替えるか。

曲を作って行くうちに思わぬ方向に進んでゆくときがあるが、
それにしても意外な方向に進み出た。

しばらく時間をおいてもう一度考えるか。

先月から今月にかけてけっこうハイペースで曲を書いて、
少々疲れが溜まっきて、
ジョギングも億劫になるほどだが、
まだ書き足りない気持ちがある。





地下室で曲を練る

今日も地下室に籠って曲作り。
今の曲は時間がかかりそうだ。

たくさん考えて、
すこしずつコツコツと形にしてゆき、
形ができかけてやっぱりまた元に戻し、
そこからすこしずつ作り直し、
の繰り返し。

早く出来上がる曲も時間がかかって出来上がる曲もいずれも、
持続的に考えて一気に形にすることに変わりはない。
持続的に考えないと形になってこない。

形が出来上がってから、
それが良いか良くないか、
直したほうが良いかを判断する。
そしてまた作る。

今の曲はまだまだ練り方が足りない気がする。
うまい蕎麦みたいにたくさん練ってやろう。
根気のいる作業になりそうだ。
地下室に籠る日が続く。






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